<東日本大震災>避難所の高齢者、6割生活機能低下 [東日本大震災]
今後発生する大震災に高齢者対策は必須であり、何か事前対策を考えないと・・・・・・・・・・・・・・・・・
<東日本大震災>避難所の高齢者、6割生活機能低下
毎日新聞 2月22日(水)2時36分配信
東日本大震災から1カ月で、被災地の避難所で過ごす高齢者の6割に歩行困難などの生活機能低下が起きていたことが、大川弥生・国立長寿医療研究センター生活機能賦活(ふかつ)研究部長と地元自治体の調査で分かった。日常生活レベルの身体活動をしていれば防げたはずの生活機能が低下したことは、今後の被災地支援の課題になりそうだ。22日、金沢市で開かれている日本集団災害医学会で発表する。
調査は昨年4月、仙台市の避難所4カ所で実施。65歳以上で、要介護認定を受けていない102人を対象に、歩行や段差の移動などについて震災前との比較を聞いた。
その結果、何らかの身の回りの活動が困難になったと答えた人が63%に達したことが分かった。具体的に低下していたのは複数回答で歩行(47%)、床からの立ち上がり(35%)、段差の昇降(25%)などだった。
また、昨年5月、宮城県南三陸町の避難所35カ所で141人を対象に実施した同様の調査でも、42%で生活機能が低下していた。
災害後の生活機能低下は新潟県中越地震(04年)で確認された。避難所での暮らしは、身体を動かす機会が減るため、心肺機能や筋力が落ち、精神状態にも悪影響を及ぼし、「生活不活発病」と呼ばれている。散歩、食事や洗濯といった普段の活動を心がけることが予防にもつながるといい、チームは各避難所で機能低下した人に身体活動を増やすように助言し、追跡調査を進めている。
大川部長は「東日本大震災では、これまでにない大規模な生活機能低下が起きた。災害発生直後から被災者の生活機能低下を防ぐ仕組みを作り、医療関係者をはじめとする支援者の認識を高めることが必要だ」と話す。【永山悦子】
ヤフー社会ニュースより全文掲載
<東日本大震災>避難所の高齢者、6割生活機能低下
毎日新聞 2月22日(水)2時36分配信
東日本大震災から1カ月で、被災地の避難所で過ごす高齢者の6割に歩行困難などの生活機能低下が起きていたことが、大川弥生・国立長寿医療研究センター生活機能賦活(ふかつ)研究部長と地元自治体の調査で分かった。日常生活レベルの身体活動をしていれば防げたはずの生活機能が低下したことは、今後の被災地支援の課題になりそうだ。22日、金沢市で開かれている日本集団災害医学会で発表する。
調査は昨年4月、仙台市の避難所4カ所で実施。65歳以上で、要介護認定を受けていない102人を対象に、歩行や段差の移動などについて震災前との比較を聞いた。
その結果、何らかの身の回りの活動が困難になったと答えた人が63%に達したことが分かった。具体的に低下していたのは複数回答で歩行(47%)、床からの立ち上がり(35%)、段差の昇降(25%)などだった。
また、昨年5月、宮城県南三陸町の避難所35カ所で141人を対象に実施した同様の調査でも、42%で生活機能が低下していた。
災害後の生活機能低下は新潟県中越地震(04年)で確認された。避難所での暮らしは、身体を動かす機会が減るため、心肺機能や筋力が落ち、精神状態にも悪影響を及ぼし、「生活不活発病」と呼ばれている。散歩、食事や洗濯といった普段の活動を心がけることが予防にもつながるといい、チームは各避難所で機能低下した人に身体活動を増やすように助言し、追跡調査を進めている。
大川部長は「東日本大震災では、これまでにない大規模な生活機能低下が起きた。災害発生直後から被災者の生活機能低下を防ぐ仕組みを作り、医療関係者をはじめとする支援者の認識を高めることが必要だ」と話す。【永山悦子】
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ゆったり快適…E657系に試乗 JR常磐線、待望の新型特急車両 [東日本大震災]
常磐沿線の復興の励みになれば・・・・・・・・・・・・・・・・・
ゆったり快適…E657系に試乗 JR常磐線、待望の新型特急車両
産経新聞 2月19日(日)16時26分配信
JR常磐線の特急列車として3月に導入される新型車両「E657系」。3月3日に「復興いわきフラガール号として運行され、同17日のダイヤ改正で上野-いわき駅間で本格的に導入。平成24年度内に同区間の特急列車がE657系に統一される予定だ。今月10、11日には試乗会が開かれた。ひと足先に乗り心地や車両設備を体験した。(水戸支局 鉄道取材班)
▼抽選30倍の試乗会
猫の目のようにヘッドランプがつり上がった新車両が水戸駅ホームに入ってきた。10両編成の列車は白い車体に赤いライン。車体はわずかに赤みがかり、赤いラインと合わせて白梅、紅梅をイメージしたという。シンプルなデザインの中に水戸を意識したコンセプトに、にやりとさせられた。
試乗会は10日、水戸-佐貫駅間で、11日に水戸-いわき駅間で行われた。沿線自治体関係者のほか、試乗希望者の募集もあり、2日間の定員400人に1万1997人が応募。抽選は30倍という高い倍率だった。
定刻、すーっと滑り出すように出発。揺れは小さく音も静か。振動を小さくしているのは両端車両と5号車に設置されたフルアクティブサスペンション。JR水戸支社運輸部の槍水真治さんは「センサーで計算して横方向の揺れを制御する技術」と説明する。
常磐線では平成9年、特急「フレッシュひたち」E653系以来の特急用新型車両となる。ちなみに600番台が特急用車両で「スーパーひたち」は平成元年導入で651系。臨時列車用のE655系も1編成あるんだとか。
▼インターネットも快適
列車は快調に進む。新幹線の一部や成田エクスプレスで取り入れられた技術を導入し、快適さを追求したという新車両。同支社の岡村淳弘運輸部長は「落ち着いて静かな車内が特徴。最新技術を見えない所にも随所に取り入れている」と話す。各車両に花粉より細かい粒子を静電気で吸着する空気清浄機を設置してあるという。
座席もゆったりした感じだ。前後の座席間は普通車で96センチ。フレッシュひたちより5センチ広くなった。わずか5センチだが、窓側座席から通路に出るときなどかなり余裕を感じる。実は、スーパーひたちより1センチ狭くなっているが、前の座席の下まで足が伸ばせる分、これも実感としては楽な姿勢が取りやすくなった。グリーン車の座席間は余裕の116センチ。
そして、テーブルはノートパソコンを乗せてはみ出さない大きさ。全席、ひじ掛けにはコンセントも。さらにはWiMAX、Wi-Fi(無線LAN)対応で、車内でインターネットが快適に利用できる。これも時代なのか。出張、出勤中のビジネスマンが車内でパソコン開いて移動中も仕事に追われる光景を思い起こすと、どこかの記者会見場の風景と重なり、ややげんなりだが…。ビジネスマンの需要が多い路線で、必要な対応なのだろう。
▼復興の牽引車に
水戸市の主婦2人は、それぞれ幼い長男を連れて乗車。「静かで座席も広い。黒い座席の色も落ち着いた感じ。(新型特急で)速くなるんですかね」
最高速度は時速130キロでスーパーひたちと変わらないが、新型は10両編成に統一し、勝田駅での車両の連結、切り離しがなくなり、ダイヤによっては短縮される列車もある。これまで、一部の列車では連結車両間で通り抜けできなかったが、これも解消。実は自由席の空席を探すとき、ちょっと不便に思っていた。
常磐線は一部不通区間もあり、売上高も前年比1割減と厳しい状況が続くが、岡村部長は「まだ仙台までつながっておらず不完全だが、地域の人に快適に利用してもらい、復興への一つの旗印になれればいいかなと思う」。
新型特急は復興への思いを牽引し、間もなく走り出す。
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ゆったり快適…E657系に試乗 JR常磐線、待望の新型特急車両
産経新聞 2月19日(日)16時26分配信
JR常磐線の特急列車として3月に導入される新型車両「E657系」。3月3日に「復興いわきフラガール号として運行され、同17日のダイヤ改正で上野-いわき駅間で本格的に導入。平成24年度内に同区間の特急列車がE657系に統一される予定だ。今月10、11日には試乗会が開かれた。ひと足先に乗り心地や車両設備を体験した。(水戸支局 鉄道取材班)
▼抽選30倍の試乗会
猫の目のようにヘッドランプがつり上がった新車両が水戸駅ホームに入ってきた。10両編成の列車は白い車体に赤いライン。車体はわずかに赤みがかり、赤いラインと合わせて白梅、紅梅をイメージしたという。シンプルなデザインの中に水戸を意識したコンセプトに、にやりとさせられた。
試乗会は10日、水戸-佐貫駅間で、11日に水戸-いわき駅間で行われた。沿線自治体関係者のほか、試乗希望者の募集もあり、2日間の定員400人に1万1997人が応募。抽選は30倍という高い倍率だった。
定刻、すーっと滑り出すように出発。揺れは小さく音も静か。振動を小さくしているのは両端車両と5号車に設置されたフルアクティブサスペンション。JR水戸支社運輸部の槍水真治さんは「センサーで計算して横方向の揺れを制御する技術」と説明する。
常磐線では平成9年、特急「フレッシュひたち」E653系以来の特急用新型車両となる。ちなみに600番台が特急用車両で「スーパーひたち」は平成元年導入で651系。臨時列車用のE655系も1編成あるんだとか。
▼インターネットも快適
列車は快調に進む。新幹線の一部や成田エクスプレスで取り入れられた技術を導入し、快適さを追求したという新車両。同支社の岡村淳弘運輸部長は「落ち着いて静かな車内が特徴。最新技術を見えない所にも随所に取り入れている」と話す。各車両に花粉より細かい粒子を静電気で吸着する空気清浄機を設置してあるという。
座席もゆったりした感じだ。前後の座席間は普通車で96センチ。フレッシュひたちより5センチ広くなった。わずか5センチだが、窓側座席から通路に出るときなどかなり余裕を感じる。実は、スーパーひたちより1センチ狭くなっているが、前の座席の下まで足が伸ばせる分、これも実感としては楽な姿勢が取りやすくなった。グリーン車の座席間は余裕の116センチ。
そして、テーブルはノートパソコンを乗せてはみ出さない大きさ。全席、ひじ掛けにはコンセントも。さらにはWiMAX、Wi-Fi(無線LAN)対応で、車内でインターネットが快適に利用できる。これも時代なのか。出張、出勤中のビジネスマンが車内でパソコン開いて移動中も仕事に追われる光景を思い起こすと、どこかの記者会見場の風景と重なり、ややげんなりだが…。ビジネスマンの需要が多い路線で、必要な対応なのだろう。
▼復興の牽引車に
水戸市の主婦2人は、それぞれ幼い長男を連れて乗車。「静かで座席も広い。黒い座席の色も落ち着いた感じ。(新型特急で)速くなるんですかね」
最高速度は時速130キロでスーパーひたちと変わらないが、新型は10両編成に統一し、勝田駅での車両の連結、切り離しがなくなり、ダイヤによっては短縮される列車もある。これまで、一部の列車では連結車両間で通り抜けできなかったが、これも解消。実は自由席の空席を探すとき、ちょっと不便に思っていた。
常磐線は一部不通区間もあり、売上高も前年比1割減と厳しい状況が続くが、岡村部長は「まだ仙台までつながっておらず不完全だが、地域の人に快適に利用してもらい、復興への一つの旗印になれればいいかなと思う」。
新型特急は復興への思いを牽引し、間もなく走り出す。
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釜石港の「世界一」防波堤、26日から復旧工事 [東日本大震災]
基礎部分の変更で対策・・・・・・・・・・・・・・・・・
釜石港の「世界一」防波堤、26日から復旧工事
読売新聞 2月17日(金)22時18分配信
東日本大震災の津波で損壊した釜石港の防波堤について、国土交通省は17日、26日から復旧工事を始めると発表した。
ギネスブックで世界一の深さ(63メートル)と認定された震災前の状態と同じ規模で復旧させる方針で、総事業費は約490億円。2016年度に完工する予定だ。
同港の防波堤は、津波で一部を残して倒壊した。同省は、防波堤が一時的に津波を押しとどめて市街地への浸水を約6分間遅らせた効果なども考慮し、岩手県や釜石市などと協議した上で復旧を決定。防波堤の残った部分を撤去する工事から始め、3月中に新設に取りかかるという。
同省は倒壊の理由について、防波堤本体のブロックを乗せる基礎部分が強い水流のために削られたなどと分析。復旧にあたっては、基礎の石を震災前より多く積み上げたり、コンクリート製の石材を用いるなどして、津波への耐久性を高める方針だ。26日には同市内で着工式が行われる
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釜石港の「世界一」防波堤、26日から復旧工事
読売新聞 2月17日(金)22時18分配信
東日本大震災の津波で損壊した釜石港の防波堤について、国土交通省は17日、26日から復旧工事を始めると発表した。
ギネスブックで世界一の深さ(63メートル)と認定された震災前の状態と同じ規模で復旧させる方針で、総事業費は約490億円。2016年度に完工する予定だ。
同港の防波堤は、津波で一部を残して倒壊した。同省は、防波堤が一時的に津波を押しとどめて市街地への浸水を約6分間遅らせた効果なども考慮し、岩手県や釜石市などと協議した上で復旧を決定。防波堤の残った部分を撤去する工事から始め、3月中に新設に取りかかるという。
同省は倒壊の理由について、防波堤本体のブロックを乗せる基礎部分が強い水流のために削られたなどと分析。復旧にあたっては、基礎の石を震災前より多く積み上げたり、コンクリート製の石材を用いるなどして、津波への耐久性を高める方針だ。26日には同市内で着工式が行われる
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岡田浩明の永田町便り 警告無視の「人災津波」 救えたはずの命が… [東日本大震災]
東日本大震災の前にGPS波浪計にふれていた人がいたとは・・・・・・・・・・・・・・・・
岡田浩明の永田町便り 警告無視の「人災津波」 救えたはずの命が…
産経新聞 2月12日(日)19時3分配信
2年前の3月11日。政権交代から半年が経過した通常国会中の衆院災害対策特別委員会で、自民党衆院議員の小野寺五典氏(宮城6区)が声を張り上げて「警告」を発していた。
取り上げたのは「GPS(全地球測位システム)波浪計。沖合約20キロに浮かぶブイが海面変動を観測し、そのデータを陸上の基地局に送る仕組みだ。つまり、沖合の波の変動から沿岸に到達する津波がいつ、どの程度の高さなのかが予測できるわけだ。東北地方の青森県から福島県の太平洋側には7地点にブイが浮かんでいる。
小野寺氏は当時、チリ地震による東北の太平洋沿岸部への津波被害を踏まえ、「波浪計を活用して、今回はたまたま(遠い)チリで起きたので4時間ぐらい前に大津波警報を出すことができた」と評価しつつ、一つ注文をつけた。
「波浪計で確認した情報を陸上でコンピュータソフトに手作業で打ち込まないと情報が出てこない。国土交通省だけですべて完結するとどうなのかとか、いろいろなことがあってつないでいないが、なぜリンクさせないのか」
津波襲来の際、職員が慌ててデータを入力するのではなく、多方面にリンクしたりするなどシステムの拡充を求めたのだ。
同時に「宮城県沖あるいは三陸沖にこれから大きな地震が来た場合は津波が来るまで時間がかからない。その場合には波浪計が多くの人の命を救う」と付け加えた。これに対し国交省の長安豊政務官(当時)は「(小野寺氏が)おっしゃられたように今後、開発を進めていきた」と約束したのだ。
ところが、警告は生かされなかった。ちょうど1年後の「3・11」。東日本大震災が発生し、巨大津波による多数の犠牲者を出した。
時系列でみると、気象庁は震災発生から3分後に大津波警報を発表。津波の高さを「宮城県最大6メートル」「岩手、福島両県最大3メートル」と低く予測した。発生から約30分後、「宮城県最大10メートル」「岩手、福島両県最大6メートル」に修正したが、同じ時間帯に津波はすでに沿岸に到達し、多くの沿岸住民は修正されたことも知らず、飲み込まれてしまった。その15分後、気象庁は「全域で10メートル以上」と再修正したものの、もはやなんの意味もなかった。
震災から丸1年を迎えようとしている今月2日。小野寺氏は衆院予算院会でこう訴えた。
「波浪計は気仙沼沖合で約6メートルだった。そこから想定される沿岸の津波の高さは4倍か5倍と言われ、20から30メートルが来る。もしデータを生かしていれば、ちゃんとオンラインでつながっていれば…。ちょうど震災の1年前、オンラインにして気象庁に使ってくれと委員会で言ったのに…」
さらに「実は今回の震災で波浪計のデータは気象庁に届いていた。だけど、気象庁は『予報を出すときには今までずっとやってきた仕組みがある』と。データの第一報を無視して、津波が来た後に修正、修正を繰り返している。こんな後に出されても困る」と語気を強めた。
これに対し平野達男復興担当相(当時)は、気象庁にデータが届いていたことを認めた上で、「データをどう解釈するかについて具体的な手法が周知徹底されていなかった」と釈明したが、罪は重い。
沿岸部にある防潮堤を閉めれば防げる高さだと判断し、危険を顧みず沿岸部に駆けつけた消防団員。高いところに逃げるよりも家の2階にいれば大丈夫と思った地域住民。背景には、最初に出された見通しの甘い津波予想が根拠にあったのは間違いなく、多くの命を奪ってしまった。
「3・11」後、ようやく復興庁が発足し、被災地復興への動きが本格化するとともに、風化を懸念する声もある。その一方で永田町は被災地そっちのけで、相変わらず政局的な動きが目立ち、国民の生命や財産を守るはずの「政治力」は心許ない。一人の国会議員の声さえかき消され、守ることのできた命を守れなかった重い現実がある。
死者1万5848人、行方不明者3305人(10日現在)。「その中には、浮かばれない消防団員もいる。二度とこんなことがないように…」。目を潤ませながら訴える小野寺氏の言葉は、被災地の悲痛な叫びを代弁している。同時に今後懸念される東海、東南海、南海地震への警告でもある。
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岡田浩明の永田町便り 警告無視の「人災津波」 救えたはずの命が…
産経新聞 2月12日(日)19時3分配信
2年前の3月11日。政権交代から半年が経過した通常国会中の衆院災害対策特別委員会で、自民党衆院議員の小野寺五典氏(宮城6区)が声を張り上げて「警告」を発していた。
取り上げたのは「GPS(全地球測位システム)波浪計。沖合約20キロに浮かぶブイが海面変動を観測し、そのデータを陸上の基地局に送る仕組みだ。つまり、沖合の波の変動から沿岸に到達する津波がいつ、どの程度の高さなのかが予測できるわけだ。東北地方の青森県から福島県の太平洋側には7地点にブイが浮かんでいる。
小野寺氏は当時、チリ地震による東北の太平洋沿岸部への津波被害を踏まえ、「波浪計を活用して、今回はたまたま(遠い)チリで起きたので4時間ぐらい前に大津波警報を出すことができた」と評価しつつ、一つ注文をつけた。
「波浪計で確認した情報を陸上でコンピュータソフトに手作業で打ち込まないと情報が出てこない。国土交通省だけですべて完結するとどうなのかとか、いろいろなことがあってつないでいないが、なぜリンクさせないのか」
津波襲来の際、職員が慌ててデータを入力するのではなく、多方面にリンクしたりするなどシステムの拡充を求めたのだ。
同時に「宮城県沖あるいは三陸沖にこれから大きな地震が来た場合は津波が来るまで時間がかからない。その場合には波浪計が多くの人の命を救う」と付け加えた。これに対し国交省の長安豊政務官(当時)は「(小野寺氏が)おっしゃられたように今後、開発を進めていきた」と約束したのだ。
ところが、警告は生かされなかった。ちょうど1年後の「3・11」。東日本大震災が発生し、巨大津波による多数の犠牲者を出した。
時系列でみると、気象庁は震災発生から3分後に大津波警報を発表。津波の高さを「宮城県最大6メートル」「岩手、福島両県最大3メートル」と低く予測した。発生から約30分後、「宮城県最大10メートル」「岩手、福島両県最大6メートル」に修正したが、同じ時間帯に津波はすでに沿岸に到達し、多くの沿岸住民は修正されたことも知らず、飲み込まれてしまった。その15分後、気象庁は「全域で10メートル以上」と再修正したものの、もはやなんの意味もなかった。
震災から丸1年を迎えようとしている今月2日。小野寺氏は衆院予算院会でこう訴えた。
「波浪計は気仙沼沖合で約6メートルだった。そこから想定される沿岸の津波の高さは4倍か5倍と言われ、20から30メートルが来る。もしデータを生かしていれば、ちゃんとオンラインでつながっていれば…。ちょうど震災の1年前、オンラインにして気象庁に使ってくれと委員会で言ったのに…」
さらに「実は今回の震災で波浪計のデータは気象庁に届いていた。だけど、気象庁は『予報を出すときには今までずっとやってきた仕組みがある』と。データの第一報を無視して、津波が来た後に修正、修正を繰り返している。こんな後に出されても困る」と語気を強めた。
これに対し平野達男復興担当相(当時)は、気象庁にデータが届いていたことを認めた上で、「データをどう解釈するかについて具体的な手法が周知徹底されていなかった」と釈明したが、罪は重い。
沿岸部にある防潮堤を閉めれば防げる高さだと判断し、危険を顧みず沿岸部に駆けつけた消防団員。高いところに逃げるよりも家の2階にいれば大丈夫と思った地域住民。背景には、最初に出された見通しの甘い津波予想が根拠にあったのは間違いなく、多くの命を奪ってしまった。
「3・11」後、ようやく復興庁が発足し、被災地復興への動きが本格化するとともに、風化を懸念する声もある。その一方で永田町は被災地そっちのけで、相変わらず政局的な動きが目立ち、国民の生命や財産を守るはずの「政治力」は心許ない。一人の国会議員の声さえかき消され、守ることのできた命を守れなかった重い現実がある。
死者1万5848人、行方不明者3305人(10日現在)。「その中には、浮かばれない消防団員もいる。二度とこんなことがないように…」。目を潤ませながら訴える小野寺氏の言葉は、被災地の悲痛な叫びを代弁している。同時に今後懸念される東海、東南海、南海地震への警告でもある。
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<東日本大震災>「始まる」不安生活…11カ月、苦境続く [東日本大震災]
慣れたところでまた仮設に 尽きぬ不安・読めぬ未来に不安が・・・・・・・・・・・・・・・
<東日本大震災>「始まる」不安生活…11カ月、苦境続く毎日新聞 2月12日(日)10時38分配信
東日本大震災から11日で11カ月。この日、福島県を離れ千葉県に集団避難していた知的障害者施設の入所者が地元に戻った。古里に戻ったものの、これから暮らすのは仮設の施設で、不安もつきまとう。一方、福島県外に避難している住民を支える団体などが集って福島市で開催された催しでは、県外避難者が精神的に追い詰められている実態などが報告された。東京電力福島第1原発事故から1年近くたつ今も被災者の苦境は続く。【中島章隆、乾達】
◇仮設「入ってみないと」
千葉県鴨川市の海岸沿いにある県の研修施設「鴨川青年の家」。ここに10カ月余り集団避難していた福島県川内村の知的障害者施設「あぶくま更生園」の入所者37人のお別れ会が午前9時から1階ホールで開かれた。
福島県福祉事業協会の山田荘一郎理事長が「鴨川は気候も人情も温かかった。みなさんの支えを胸に刻み、新しい生活に入りたい」とあいさつ。感謝の気持ちを伝えるため、鴨川が「栄える」ようにとカエルの置物を青年の家の諸岡研所長に贈った。
青年の家には、昨年4月以降、福島県内から300人近くの知的障害者が職員とともに集団避難していた。11月以降、受け入れ態勢が整った施設から、順次郷里の福島に戻り、この日のあぶくま更生園を最後に全員の集団避難が終了した。
お別れ会終了後、玄関前でバスに乗り込んだ同園の入所者は川内村と隣接する田村市にできた仮設施設に向かった。しかし、これから暮らすところは元いた施設のように障害者に配慮されているか分からず、同園の職員は「(使い勝手は)入ってみないと分からない」と不安を口にする。
◇「いのちを守る」全国サミット
また、11日は原発事故に伴う避難支援団体が集まり、「放射能からいのちを守る全国サミット」が福島市で行われた。参加者からは福島からの県外避難者が精神的に追いつめられているケースが紹介された。北海道のボランティア団体「札幌むすびば」によると、受け入れた233家族のうち19家族が、夫が地元に残る二重生活の疲れなどで自宅に戻った。夫と別居して避難した母子は不安定になりがちという。
福島県伊達市出身で避難先の札幌市で自治会代表を務める宍戸隆子さん(39)は「虫が怖い、雪が怖いと言う人がいて不思議に思っていたら、それを解決してくれていた夫がいないことへの不安の表れだった」と母子避難者の心境を説明。
さらに支援者に不満をぶつける避難者がいることも指摘。その心境を「いつ帰れるか分からず、避難しても報われないという気持ちが世話をしてくれる人に向かってしまう」と分析した。参加者からは「孤立しないよう避難者同士のつながりを作ることが必要だ」と心のケアの重要性を指摘する声が相次いだ。
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<東日本大震災>「始まる」不安生活…11カ月、苦境続く毎日新聞 2月12日(日)10時38分配信
東日本大震災から11日で11カ月。この日、福島県を離れ千葉県に集団避難していた知的障害者施設の入所者が地元に戻った。古里に戻ったものの、これから暮らすのは仮設の施設で、不安もつきまとう。一方、福島県外に避難している住民を支える団体などが集って福島市で開催された催しでは、県外避難者が精神的に追い詰められている実態などが報告された。東京電力福島第1原発事故から1年近くたつ今も被災者の苦境は続く。【中島章隆、乾達】
◇仮設「入ってみないと」
千葉県鴨川市の海岸沿いにある県の研修施設「鴨川青年の家」。ここに10カ月余り集団避難していた福島県川内村の知的障害者施設「あぶくま更生園」の入所者37人のお別れ会が午前9時から1階ホールで開かれた。
福島県福祉事業協会の山田荘一郎理事長が「鴨川は気候も人情も温かかった。みなさんの支えを胸に刻み、新しい生活に入りたい」とあいさつ。感謝の気持ちを伝えるため、鴨川が「栄える」ようにとカエルの置物を青年の家の諸岡研所長に贈った。
青年の家には、昨年4月以降、福島県内から300人近くの知的障害者が職員とともに集団避難していた。11月以降、受け入れ態勢が整った施設から、順次郷里の福島に戻り、この日のあぶくま更生園を最後に全員の集団避難が終了した。
お別れ会終了後、玄関前でバスに乗り込んだ同園の入所者は川内村と隣接する田村市にできた仮設施設に向かった。しかし、これから暮らすところは元いた施設のように障害者に配慮されているか分からず、同園の職員は「(使い勝手は)入ってみないと分からない」と不安を口にする。
◇「いのちを守る」全国サミット
また、11日は原発事故に伴う避難支援団体が集まり、「放射能からいのちを守る全国サミット」が福島市で行われた。参加者からは福島からの県外避難者が精神的に追いつめられているケースが紹介された。北海道のボランティア団体「札幌むすびば」によると、受け入れた233家族のうち19家族が、夫が地元に残る二重生活の疲れなどで自宅に戻った。夫と別居して避難した母子は不安定になりがちという。
福島県伊達市出身で避難先の札幌市で自治会代表を務める宍戸隆子さん(39)は「虫が怖い、雪が怖いと言う人がいて不思議に思っていたら、それを解決してくれていた夫がいないことへの不安の表れだった」と母子避難者の心境を説明。
さらに支援者に不満をぶつける避難者がいることも指摘。その心境を「いつ帰れるか分からず、避難しても報われないという気持ちが世話をしてくれる人に向かってしまう」と分析した。参加者からは「孤立しないよう避難者同士のつながりを作ることが必要だ」と心のケアの重要性を指摘する声が相次いだ。
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防災優先か環境維持か 巨大防潮堤計画へ募る苦悩 [東日本大震災]
両立の難しさをどう克服していくのか・・・・・・・・・・・・・・・・
防災優先か環境維持か 巨大防潮堤計画へ募る苦悩
産経新聞 2月12日(日)7時55分配信
防災か環境か-。復旧・復興が急がれる被災地で被災者の苦悩が募っている。防波堤や防潮堤の整備は安全面で必要不可欠だが、湾内の水環境や景観への配慮との両立は難しい。沿岸部は観光や漁業を生業としてきただけに、新たなまちづくりにそれぞれの思いは揺れる。
「防波堤は必要か」「漁師をないがしろにしないでけろ」。岩手県大船渡市で今月初めに漁業関係者らを対象に行われた港湾整備事業の説明会は、不満の声で満ちた。気がかりは、防波堤による湾内の水環境の悪化だ。
大船渡湾では津波防護のため、昭和42年に設置された防波堤が湾内の港や養殖漁場を守ってきた。だが、湾内の海水が循環せず、水質悪化で養殖に影響が出るなど問題も深刻化していた。皮肉にも、大津波でヘドロが湾外に流出。湾内の水質は一変した。
一部の養殖場ではイワガキの3割、マガキの4~5割が出荷前に死滅したが、震災後の被害はほぼゼロに。大船渡市漁協理事、山口衛(まもる)さん(70)は「同じことの繰り返しにならないか不安。防波堤ありきの考えでは、安全も海の保全も中途半端だ」と頭を抱えた。国土交通省は、水循環を促す防波堤の設計を検討している。
同県陸前高田市では、高田松原があった海岸約2キロに高さ12・5メートル、幅約80メートルの防潮堤を整備する方針が決まった。津波防護と低地の土地利用のためだが、「海が見えないなんて想像できない」と、高いコンクリート塀で海と隔てられることに戸惑う住民は多い。
ただ、ハード整備が住民の安心感につながっているのも事実。同市は「津波に無防備なままというわけにはいかない。今はまちづくりを工夫していくことが最善だ」と話していた。(渡辺陽子)
ヤフー社会ニュースより全文掲載
防災優先か環境維持か 巨大防潮堤計画へ募る苦悩
産経新聞 2月12日(日)7時55分配信
防災か環境か-。復旧・復興が急がれる被災地で被災者の苦悩が募っている。防波堤や防潮堤の整備は安全面で必要不可欠だが、湾内の水環境や景観への配慮との両立は難しい。沿岸部は観光や漁業を生業としてきただけに、新たなまちづくりにそれぞれの思いは揺れる。
「防波堤は必要か」「漁師をないがしろにしないでけろ」。岩手県大船渡市で今月初めに漁業関係者らを対象に行われた港湾整備事業の説明会は、不満の声で満ちた。気がかりは、防波堤による湾内の水環境の悪化だ。
大船渡湾では津波防護のため、昭和42年に設置された防波堤が湾内の港や養殖漁場を守ってきた。だが、湾内の海水が循環せず、水質悪化で養殖に影響が出るなど問題も深刻化していた。皮肉にも、大津波でヘドロが湾外に流出。湾内の水質は一変した。
一部の養殖場ではイワガキの3割、マガキの4~5割が出荷前に死滅したが、震災後の被害はほぼゼロに。大船渡市漁協理事、山口衛(まもる)さん(70)は「同じことの繰り返しにならないか不安。防波堤ありきの考えでは、安全も海の保全も中途半端だ」と頭を抱えた。国土交通省は、水循環を促す防波堤の設計を検討している。
同県陸前高田市では、高田松原があった海岸約2キロに高さ12・5メートル、幅約80メートルの防潮堤を整備する方針が決まった。津波防護と低地の土地利用のためだが、「海が見えないなんて想像できない」と、高いコンクリート塀で海と隔てられることに戸惑う住民は多い。
ただ、ハード整備が住民の安心感につながっているのも事実。同市は「津波に無防備なままというわけにはいかない。今はまちづくりを工夫していくことが最善だ」と話していた。(渡辺陽子)
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<東日本大震災>印税で遺児支援「風の子守歌プロジェクト」 [東日本大震災]
歌がヒットしCDも売上げがあがることに期待したい・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<東日本大震災>印税で遺児支援「風の子守歌プロジェクト」
毎日新聞 2月7日(火)20時51分配信
シンガー・ソングライターの谷村新司さんと石井竜也さんが7日、東京都港区内で記者会見し、共作した歌の印税を毎日希望奨学金に寄付し、東日本大震災の震災遺児を継続的に支援する「風の子守歌プロジェクト」を発表した。両氏から、同奨学金を受給する石巻専修大2年のTKさん(20)と、同奨学金運営委員長の朝比奈豊毎日新聞社長にCDが贈呈された。
歌の題名は「風の子守歌~あしたの君へ~」。震災後の日本を担う子供を思い、谷村さんが作詞、石井さんが作曲し2人で歌う。作詞、作曲家に払われる印税は、同奨学金に寄せられ、震災で親を亡くした子供たちの学費に充てられる。
歌は8日に発売される。谷村さんと石井さんは11日に宮城県石巻市の同大を訪問し歌を披露する。【馬場直子】
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<東日本大震災>印税で遺児支援「風の子守歌プロジェクト」
毎日新聞 2月7日(火)20時51分配信
シンガー・ソングライターの谷村新司さんと石井竜也さんが7日、東京都港区内で記者会見し、共作した歌の印税を毎日希望奨学金に寄付し、東日本大震災の震災遺児を継続的に支援する「風の子守歌プロジェクト」を発表した。両氏から、同奨学金を受給する石巻専修大2年のTKさん(20)と、同奨学金運営委員長の朝比奈豊毎日新聞社長にCDが贈呈された。
歌の題名は「風の子守歌~あしたの君へ~」。震災後の日本を担う子供を思い、谷村さんが作詞、石井さんが作曲し2人で歌う。作詞、作曲家に払われる印税は、同奨学金に寄せられ、震災で親を亡くした子供たちの学費に充てられる。
歌は8日に発売される。谷村さんと石井さんは11日に宮城県石巻市の同大を訪問し歌を披露する。【馬場直子】
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【復興に力を 企業の出番】ワタミがコールセンター 陸前高田市民ら67人採用 [東日本大震災]
被災地に新たに働く場所が 復興の励みになれば・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【復興に力を 企業の出番】ワタミがコールセンター 陸前高田市民ら67人採用
産経新聞 2月5日(日)7時55分配信
東日本大震災で大きな被害を受けた岩手県陸前高田市で3日、外食大手のワタミグループが新設したコールセンターが稼働した。真新しいオフィスでは、地元で新規採用された従業員が早速電話の対応に忙しい。市内はがれきに雪が積もり仮設の住宅や店舗が立ち並ぶが、生活再建に向けた一歩がここでも踏み出された。(金谷かおり)
◇
新設された「陸前高田受付センター」は、ワタミグループで高齢者向け食事宅配サービスを手がける「ワタミタクショク」の設備。新潟以北の電話注文に対応する。これまでは長崎県のコールセンターが全国から受注してきたが、一部を移管した。
同社は陸前高田市民を中心にこれまでに67人を雇用。市内から通う山根澄江さんは震災前は主婦業に専念してきたというが「私たち自身が動き出さないと復興は進まないと思い応募した」と話した。
同市は震災で人口2万4246人(昨年3月11日時点)のうち1月25日現在で1681人が亡くなり、50人が行方不明となった。3368戸が全壊するなどの被害を受けている。
同じく市内から通勤する別の女性によると、ハローワークなどで求人情報を探しても仕事が見つかりにくい状況だという。
同社は採用活動を継続して100人程度にまで雇用を拡大する計画だ。従業員が仕事に慣れるのにあわせて担当エリアを静岡以北にまで広げる。長崎のセンターでは1日当たり約1万本の電話に対応してきたが、陸前高田のセンターでこのうち約3500本をとれるようにする。
ワタミグループは昨年3月の震災発生後、「長期的な復興支援の観点から雇用創出が必要」(ワタミの渡辺美樹会長)と考えて陸前高田市と調整を進めてきた。ワタミタクショクのコールセンターが長崎の1カ所に集中、リスク分散を検討していたこともあり増設を決めた。
建設地を探していたところ、アパレルメーカーの「ボンマックス」(東京都中央区)が物流センターを置く敷地の一部提供を申し出て実現した。ボンマックスの外川雄一社長はワタミグループの計画を知り、「国を待たずとも民間と市町村で雇用を生み出せる」との思いを強く抱いたという。
民間企業による積極雇用は復旧、復興に追われる市にとっても頼もしい支援。1月25日に現地で行われたセンターの完成式では、市側の出席者が「雇用の創出、産業復興は最重要課題でワタミの進出は心強い」とする戸羽太市長のあいさつ文を代読した。
コールセンターが稼働したいま、重要になってくるのは「継続性」だ。そのためには企業自身の成長が不可欠となる。
ワタミタクショクの吉田光宏社長は完成式で「この陸前高田の地で重要な拠点として根付かせ、成長させていきたい」とあいさつした。あわせて、宅配受注件数を現在の全国約20万食から順次拡大していくことを、新たな従業員を前に“約束”した。
手探りで動き始めたばかりのコールセンターだが、ワタミの渡辺会長はこうした取り組みが他の民間企業にも広まることも期待している。
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【復興に力を 企業の出番】ワタミがコールセンター 陸前高田市民ら67人採用
産経新聞 2月5日(日)7時55分配信
東日本大震災で大きな被害を受けた岩手県陸前高田市で3日、外食大手のワタミグループが新設したコールセンターが稼働した。真新しいオフィスでは、地元で新規採用された従業員が早速電話の対応に忙しい。市内はがれきに雪が積もり仮設の住宅や店舗が立ち並ぶが、生活再建に向けた一歩がここでも踏み出された。(金谷かおり)
◇
新設された「陸前高田受付センター」は、ワタミグループで高齢者向け食事宅配サービスを手がける「ワタミタクショク」の設備。新潟以北の電話注文に対応する。これまでは長崎県のコールセンターが全国から受注してきたが、一部を移管した。
同社は陸前高田市民を中心にこれまでに67人を雇用。市内から通う山根澄江さんは震災前は主婦業に専念してきたというが「私たち自身が動き出さないと復興は進まないと思い応募した」と話した。
同市は震災で人口2万4246人(昨年3月11日時点)のうち1月25日現在で1681人が亡くなり、50人が行方不明となった。3368戸が全壊するなどの被害を受けている。
同じく市内から通勤する別の女性によると、ハローワークなどで求人情報を探しても仕事が見つかりにくい状況だという。
同社は採用活動を継続して100人程度にまで雇用を拡大する計画だ。従業員が仕事に慣れるのにあわせて担当エリアを静岡以北にまで広げる。長崎のセンターでは1日当たり約1万本の電話に対応してきたが、陸前高田のセンターでこのうち約3500本をとれるようにする。
ワタミグループは昨年3月の震災発生後、「長期的な復興支援の観点から雇用創出が必要」(ワタミの渡辺美樹会長)と考えて陸前高田市と調整を進めてきた。ワタミタクショクのコールセンターが長崎の1カ所に集中、リスク分散を検討していたこともあり増設を決めた。
建設地を探していたところ、アパレルメーカーの「ボンマックス」(東京都中央区)が物流センターを置く敷地の一部提供を申し出て実現した。ボンマックスの外川雄一社長はワタミグループの計画を知り、「国を待たずとも民間と市町村で雇用を生み出せる」との思いを強く抱いたという。
民間企業による積極雇用は復旧、復興に追われる市にとっても頼もしい支援。1月25日に現地で行われたセンターの完成式では、市側の出席者が「雇用の創出、産業復興は最重要課題でワタミの進出は心強い」とする戸羽太市長のあいさつ文を代読した。
コールセンターが稼働したいま、重要になってくるのは「継続性」だ。そのためには企業自身の成長が不可欠となる。
ワタミタクショクの吉田光宏社長は完成式で「この陸前高田の地で重要な拠点として根付かせ、成長させていきたい」とあいさつした。あわせて、宅配受注件数を現在の全国約20万食から順次拡大していくことを、新たな従業員を前に“約束”した。
手探りで動き始めたばかりのコールセンターだが、ワタミの渡辺会長はこうした取り組みが他の民間企業にも広まることも期待している。
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「感謝の気持ちで」中国人実習生、女川で再出発 [東日本大震災]
実習生の復帰で復興の励みに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「感謝の気持ちで」中国人実習生、女川で再出発
読売新聞 2月5日(日)0時59分配信
東日本大震災で津波被害を受けた宮城県女川町の水産加工場で被災し、帰国していた中国人技能実習生15人が再来日し、4日から同町で実習生活を再開した。
15人は高台に避難するなどして無事だったが、中国側の指示で3月18日に帰国していた。「佐藤水産」にいた叢(そう)偉(い)さん(30)は、同社専務だった佐藤充さん(当時55歳)の誘導で避難した1人。佐藤さんはその後、会社に引き返して津波に巻き込まれ、命を落とした。叢さんは「佐藤さんには感謝の気持ちでいっぱい。避難所でも周りの方々にお世話になり、忘れられません」と語った。
5人を受け入れる水産会社「高政」の三浦勇喜・管理部長は「早く溶け込んで、地域の活動にも参加してもらえれば」と話した。
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「感謝の気持ちで」中国人実習生、女川で再出発
読売新聞 2月5日(日)0時59分配信
東日本大震災で津波被害を受けた宮城県女川町の水産加工場で被災し、帰国していた中国人技能実習生15人が再来日し、4日から同町で実習生活を再開した。
15人は高台に避難するなどして無事だったが、中国側の指示で3月18日に帰国していた。「佐藤水産」にいた叢(そう)偉(い)さん(30)は、同社専務だった佐藤充さん(当時55歳)の誘導で避難した1人。佐藤さんはその後、会社に引き返して津波に巻き込まれ、命を落とした。叢さんは「佐藤さんには感謝の気持ちでいっぱい。避難所でも周りの方々にお世話になり、忘れられません」と語った。
5人を受け入れる水産会社「高政」の三浦勇喜・管理部長は「早く溶け込んで、地域の活動にも参加してもらえれば」と話した。
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<浦安液状化>住民27戸が提訴 三井不動産に7億円請求 [東日本大震災]
どうなるのか・・・・・・・・・・・・・・・・
<浦安液状化>住民27戸が提訴 三井不動産に7億円請求
毎日新聞 2月2日(木)12時11分配信
東日本大震災で液状化被害が起きた千葉県浦安市の住民らが2日、液状化対策を怠ったのは違法として分譲住宅地を開発・販売した三井不動産(東京都中央区)とグループ会社を相手取り、計約7億円の賠償を求め、東京地裁に提訴した。
三井不動産が81年、同市内の埋め立て地で分譲・販売を始めた3階建て住宅(タウンハウス、70戸)のうち、27戸32人が原告となった。
訴状によると、同市で震度5強を記録した東日本大震災で住宅の敷地が液状化。建物が傾き、地面が陥没するなどの被害が起き、転居が必要となった住民も出た。一方、80年に着工され、三井不動産も出資したオリエンタルランドが所有する市内の「東京ディズニーランド」では駐車場以外は対策が施されており、被害は出なかった。このため、原告側は「分譲当時、三井不動産は液状化の危険性を認識していたのに地盤改良工事を実施しなかった」と主張し、地盤改良工事費や建物の取り壊し費、慰謝料などを支払うよう求めた。
提訴後、記者会見した住民代表のTUさん(72)は「隣接の団地は被害に遭っていない。裁判を通じて責任の白黒をはっきりさせたい」と話した。【野口由紀】
◇「道路を隔てて被害に差」原告住民
「これは天災ではない、人災だ」。東日本大震災により、市内の約85%が液状化し、住宅約8500戸が傾くなどの被害を受けた千葉県浦安市で、80年代に分譲されたタウンハウスの住民が、損害賠償を求めて立ち上がった。原告側は「隣の団地や近くのディズニーランドでは、地盤改良が実施され、被害も軽かった」と指摘する。「道路1本隔ててなぜこんなに被害が違うのか?」「危険性を知らなかったはずはない」。住民たちの素朴な疑問が法廷で争われる。
分譲地は、JR新浦安駅の南約500メートルに広がる。約1万平方メートルに1棟数戸で構成される白い木造の住宅が並ぶ。駅から徒歩10分前後で、バブル期は1億円を超えた。分譲時に5~6倍の抽選に当たり、3000万台後半で購入したという原告男性(72)は「東京に近く、戸建てスタイルでこの値段。魅力的だった」と振り返る。
しかし、震災では敷地から砂が噴出し、地面が陥没。建物は傾き、給水管やガス管が破損した。上下水道は約1カ月使えず、傾く家で過ごすうちにめまいなどで体調を崩し、借家生活の住人もいる。
一方、道路を1本はさんだ旧日本住宅公団(現都市再生機構)が分譲販売した鉄筋コンクリートの低層住宅では、上水道は数日で復旧し、住宅の傾きもほとんどなかった。別の原告男性(62)は「同じ時期に埋め立てられたはずなのに。被害の差の理由を知りたい」と首をかしげるが、三井不動産側は「当時の資料が残っていない」と説明し、詳しい事情はわからない。この男性は「住まいは人生でも大きな買い物。安心して住めるよう、作り手の責任を問題提起したい」と話している。【山縣章子】
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<浦安液状化>住民27戸が提訴 三井不動産に7億円請求
毎日新聞 2月2日(木)12時11分配信
東日本大震災で液状化被害が起きた千葉県浦安市の住民らが2日、液状化対策を怠ったのは違法として分譲住宅地を開発・販売した三井不動産(東京都中央区)とグループ会社を相手取り、計約7億円の賠償を求め、東京地裁に提訴した。
三井不動産が81年、同市内の埋め立て地で分譲・販売を始めた3階建て住宅(タウンハウス、70戸)のうち、27戸32人が原告となった。
訴状によると、同市で震度5強を記録した東日本大震災で住宅の敷地が液状化。建物が傾き、地面が陥没するなどの被害が起き、転居が必要となった住民も出た。一方、80年に着工され、三井不動産も出資したオリエンタルランドが所有する市内の「東京ディズニーランド」では駐車場以外は対策が施されており、被害は出なかった。このため、原告側は「分譲当時、三井不動産は液状化の危険性を認識していたのに地盤改良工事を実施しなかった」と主張し、地盤改良工事費や建物の取り壊し費、慰謝料などを支払うよう求めた。
提訴後、記者会見した住民代表のTUさん(72)は「隣接の団地は被害に遭っていない。裁判を通じて責任の白黒をはっきりさせたい」と話した。【野口由紀】
◇「道路を隔てて被害に差」原告住民
「これは天災ではない、人災だ」。東日本大震災により、市内の約85%が液状化し、住宅約8500戸が傾くなどの被害を受けた千葉県浦安市で、80年代に分譲されたタウンハウスの住民が、損害賠償を求めて立ち上がった。原告側は「隣の団地や近くのディズニーランドでは、地盤改良が実施され、被害も軽かった」と指摘する。「道路1本隔ててなぜこんなに被害が違うのか?」「危険性を知らなかったはずはない」。住民たちの素朴な疑問が法廷で争われる。
分譲地は、JR新浦安駅の南約500メートルに広がる。約1万平方メートルに1棟数戸で構成される白い木造の住宅が並ぶ。駅から徒歩10分前後で、バブル期は1億円を超えた。分譲時に5~6倍の抽選に当たり、3000万台後半で購入したという原告男性(72)は「東京に近く、戸建てスタイルでこの値段。魅力的だった」と振り返る。
しかし、震災では敷地から砂が噴出し、地面が陥没。建物は傾き、給水管やガス管が破損した。上下水道は約1カ月使えず、傾く家で過ごすうちにめまいなどで体調を崩し、借家生活の住人もいる。
一方、道路を1本はさんだ旧日本住宅公団(現都市再生機構)が分譲販売した鉄筋コンクリートの低層住宅では、上水道は数日で復旧し、住宅の傾きもほとんどなかった。別の原告男性(62)は「同じ時期に埋め立てられたはずなのに。被害の差の理由を知りたい」と首をかしげるが、三井不動産側は「当時の資料が残っていない」と説明し、詳しい事情はわからない。この男性は「住まいは人生でも大きな買い物。安心して住めるよう、作り手の責任を問題提起したい」と話している。【山縣章子】
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<太平洋プレート>内部で力の向き変化 大地震発生しやすく [東日本大震災]
地震への備えを完全に・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<太平洋プレート>内部で力の向き変化 大地震発生しやすく
毎日新聞 1月31日(火)3時0分配信
東日本大震災後、宮城、福島両県沖の太平洋プレート(岩板)内部にかかる力の向きが変わったことを、海洋研究開発機構の尾鼻(おばな)浩一郎主任研究員(地震学)らが観測で初めて突き止めた。プレート内で大地震が発生しやすい状態になったといい、観測体制の強化が急がれそうだ。31日付の米地球物理学連合の学術誌に発表した。
東北地方は北米プレート上にあり、その地下には太平洋プレートが潜り込んでいる。大震災は両プレートの境界で発生した。
同機構は震災後、太平洋プレート内部を震源とする地震が増えたことに着目し、同プレート上の海底(東西約80キロ、南北約150キロ)に地震計20台を設置。昨年4月下旬から約2カ月間の調査期間中に発生した地震のうち、仕組みが判明した50個を解析した。
その結果、震源は深さ10~40キロに分布し、ほとんどが左右に引っ張り合って断層がずれ落ちる「正断層型」と分かった。一方で、圧縮されて断層がせり上がる「逆断層型」は一つもなかった。
震災前の観測では正断層型は深さ約20キロまでで、それより深い場所では逆断層型だった。この変化の影響で、地殻の割れは通常深さ20キロ付近で止まりプレート内地震は大地震になりにくかったが、今回の変化で40キロまで割れが到達可能となり、マグニチュード8級の大地震が発生しやすくなったという。【西川拓】
ヤフー社会ニュースより全文掲載(本文に写真あり)
<太平洋プレート>内部で力の向き変化 大地震発生しやすく
毎日新聞 1月31日(火)3時0分配信
東日本大震災後、宮城、福島両県沖の太平洋プレート(岩板)内部にかかる力の向きが変わったことを、海洋研究開発機構の尾鼻(おばな)浩一郎主任研究員(地震学)らが観測で初めて突き止めた。プレート内で大地震が発生しやすい状態になったといい、観測体制の強化が急がれそうだ。31日付の米地球物理学連合の学術誌に発表した。
東北地方は北米プレート上にあり、その地下には太平洋プレートが潜り込んでいる。大震災は両プレートの境界で発生した。
同機構は震災後、太平洋プレート内部を震源とする地震が増えたことに着目し、同プレート上の海底(東西約80キロ、南北約150キロ)に地震計20台を設置。昨年4月下旬から約2カ月間の調査期間中に発生した地震のうち、仕組みが判明した50個を解析した。
その結果、震源は深さ10~40キロに分布し、ほとんどが左右に引っ張り合って断層がずれ落ちる「正断層型」と分かった。一方で、圧縮されて断層がせり上がる「逆断層型」は一つもなかった。
震災前の観測では正断層型は深さ約20キロまでで、それより深い場所では逆断層型だった。この変化の影響で、地殻の割れは通常深さ20キロ付近で止まりプレート内地震は大地震になりにくかったが、今回の変化で40キロまで割れが到達可能となり、マグニチュード8級の大地震が発生しやすくなったという。【西川拓】
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被災3県で転出超過4万人超す…41年ぶり [東日本大震災]
原発事故の福島は最多・・・・・・・・・・・・・・・・・
被災3県で転出超過4万人超す…41年ぶり
読売新聞 1月30日(月)16時49分配信
総務省は30日、2011年の人口移動状況を発表した。東日本大震災の被災3県(岩手、宮城、福島)の「転出超過」(転出者から転入者を引いた数)は、4万1226人(前年比3万680人増)で、高度成長期の1970年以来41年ぶりに4万人を超えた。
発表によると、3県の転出超過数は、福島県の3万1381人が最多で、63年以来48年ぶりに転出超過が3万人を超えた。宮城県は6402人、岩手県は3443人だった。
市町村別でも福島県内の自治体の転出超過は顕著で、同県郡山市が全国最多の7232人、いわき市も6194人に上った。転出超過の上位20自治体のうち、14市町が被災3県だった。一方、仙台市は6633人、10年は179人の転出超過だった盛岡市は1502人の転入超過となった。震災の被害が大きかった沿岸部や福島県などからの転入が増えたためとみられる。
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被災3県で転出超過4万人超す…41年ぶり
読売新聞 1月30日(月)16時49分配信
総務省は30日、2011年の人口移動状況を発表した。東日本大震災の被災3県(岩手、宮城、福島)の「転出超過」(転出者から転入者を引いた数)は、4万1226人(前年比3万680人増)で、高度成長期の1970年以来41年ぶりに4万人を超えた。
発表によると、3県の転出超過数は、福島県の3万1381人が最多で、63年以来48年ぶりに転出超過が3万人を超えた。宮城県は6402人、岩手県は3443人だった。
市町村別でも福島県内の自治体の転出超過は顕著で、同県郡山市が全国最多の7232人、いわき市も6194人に上った。転出超過の上位20自治体のうち、14市町が被災3県だった。一方、仙台市は6633人、10年は179人の転出超過だった盛岡市は1502人の転入超過となった。震災の被害が大きかった沿岸部や福島県などからの転入が増えたためとみられる。
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千葉 止まった時計、小さくない教訓 [東日本大震災]
語り繋ぐ・・・・・・・・・・・・・・・・・
千葉 止まった時計、小さくない教訓
産経新聞 1月29日(日)7時55分配信
「午後5時26分」。その時計塔は、津波が押し寄せた時間を刻んだまま止まっている。
時計塔は千葉県旭市の旧JAちばみどり飯岡支店の前に立っていた。海岸から約100メートルの場所にある支店を津波が襲った際、1階部が浸水して電気系統が壊れ、時計も動かなくなった。
「津波の恐ろしさを後世に伝えるためにも、シンボルとして残したい」
そんな思いから、津波被害に遭った市民らが時計塔の保存をJAに申し入れた。受け皿として「いいおか津波を語り継ぐ会」をつくり、時計塔を使った記念碑を建てる活動を始めた。老朽化のため震災前から使われていなかった同支店の解体作業は前倒し。時計塔は昨年10月に取り外され、現在、会員宅の倉庫に保管されている。
時計の針が指す午後5時26分は、13人が死亡、2人が行方不明となった旭市で、最大の被害をもたらした津波の第3波が襲ってきた時間帯だ。犠牲者の多くは、第1波、第2波が小さかったためそのまま自宅にとどまっていたか、避難したにもかかわらず波が引いた後に自宅に戻ったため、巨大な第3波にのまれてしまった。 「早く逃げていれば、家や物を失っても命だけは助かった人が多い。こうした悲劇を風化させないためにも、時計塔は忘れてはならない存在」と、語り継ぐ会代表のTNさん(63)は話す。
今回の震災で、千葉県の津波による住宅被害は旭市の飯岡地区に集中した。要因の一つに、江戸時代の元禄地震(1703年)との関連を指摘する説がある。
県の防災誌によると、元禄地震では県内の2千人以上が津波で亡くなった。津波被害のほとんどは九十九里海岸の南部から房州にかけてのもので、北東部の飯岡地区に被害の記録は残っていない。その後、津波に浸食された村は内陸に移ったが、無事だった飯岡地区は海岸に隣接した集落が現在まで残っていた。
こうした過去の経緯が、今回の震災で生死を分けたとするならば、語り継ぐ会の活動は今後の津波防災対策に大きな役割を果たすことになるかもしれない。
語り継ぐ会では被災者が「語り部」となって、海岸沿いの町を案内しながら津波体験を語る防災教室を開いている。代表のTNさん自身も、自転車で自宅に向かう途中、高さ2メートル以上の波に襲われて100メートルほど押し流され、九死に一生を得たという体験を語る。
「人の力で津波を防ぐことはできない。防災より減災が大事だということを身をもって知った。被災地の現状を多くの人に知ってもらうことで、減災の考えを広めていきたい」とTNさんは訴える。
市外から来るボランティアが「あまり知られていない被災地」と口をそろえる旭市。東北地方と比べれば小さな被災地かもしれないが、そこから得られる教訓は、決して小さいものではないように思う。(千葉総局 城之内和義)
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千葉 止まった時計、小さくない教訓
産経新聞 1月29日(日)7時55分配信
「午後5時26分」。その時計塔は、津波が押し寄せた時間を刻んだまま止まっている。
時計塔は千葉県旭市の旧JAちばみどり飯岡支店の前に立っていた。海岸から約100メートルの場所にある支店を津波が襲った際、1階部が浸水して電気系統が壊れ、時計も動かなくなった。
「津波の恐ろしさを後世に伝えるためにも、シンボルとして残したい」
そんな思いから、津波被害に遭った市民らが時計塔の保存をJAに申し入れた。受け皿として「いいおか津波を語り継ぐ会」をつくり、時計塔を使った記念碑を建てる活動を始めた。老朽化のため震災前から使われていなかった同支店の解体作業は前倒し。時計塔は昨年10月に取り外され、現在、会員宅の倉庫に保管されている。
時計の針が指す午後5時26分は、13人が死亡、2人が行方不明となった旭市で、最大の被害をもたらした津波の第3波が襲ってきた時間帯だ。犠牲者の多くは、第1波、第2波が小さかったためそのまま自宅にとどまっていたか、避難したにもかかわらず波が引いた後に自宅に戻ったため、巨大な第3波にのまれてしまった。 「早く逃げていれば、家や物を失っても命だけは助かった人が多い。こうした悲劇を風化させないためにも、時計塔は忘れてはならない存在」と、語り継ぐ会代表のTNさん(63)は話す。
今回の震災で、千葉県の津波による住宅被害は旭市の飯岡地区に集中した。要因の一つに、江戸時代の元禄地震(1703年)との関連を指摘する説がある。
県の防災誌によると、元禄地震では県内の2千人以上が津波で亡くなった。津波被害のほとんどは九十九里海岸の南部から房州にかけてのもので、北東部の飯岡地区に被害の記録は残っていない。その後、津波に浸食された村は内陸に移ったが、無事だった飯岡地区は海岸に隣接した集落が現在まで残っていた。
こうした過去の経緯が、今回の震災で生死を分けたとするならば、語り継ぐ会の活動は今後の津波防災対策に大きな役割を果たすことになるかもしれない。
語り継ぐ会では被災者が「語り部」となって、海岸沿いの町を案内しながら津波体験を語る防災教室を開いている。代表のTNさん自身も、自転車で自宅に向かう途中、高さ2メートル以上の波に襲われて100メートルほど押し流され、九死に一生を得たという体験を語る。
「人の力で津波を防ぐことはできない。防災より減災が大事だということを身をもって知った。被災地の現状を多くの人に知ってもらうことで、減災の考えを広めていきたい」とTNさんは訴える。
市外から来るボランティアが「あまり知られていない被災地」と口をそろえる旭市。東北地方と比べれば小さな被災地かもしれないが、そこから得られる教訓は、決して小さいものではないように思う。(千葉総局 城之内和義)
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<集団移転>協議会を発足 宮城・荒浜地区の243世帯 [東日本大震災]
移転のまちづくりに期待したい・・・・・・・・・・・・・・・・・
<集団移転>協議会を発足 宮城・荒浜地区の243世帯
毎日新聞 1月29日(日)19時35分配信
震災の大津波で大きな被害を受けた仙台市若林区の荒浜地区の243世帯が29日、内陸部への集団移転を目指す協議会を発足させた。遅くとも15年までの移転開始を目指す。被災地での集団移転の協議会としては最大規模とみられる。
荒浜地区(約750世帯)の家屋の大半が津波で流失・損壊し、市は昨年12月に同地区を含む沿岸部1213ヘクタールの約2000世帯に集団移転を促すことを決めた。29日の設立総会には約200人が出席し、「震災前のコミュニティー(共同体)の再生を図る」などの規約を了承した。奥山恵美子市長は「皆さんの決断に胸の詰まる思い」とメッセージを寄せた。協議会では、市内3カ所を軸に移転先を検討し、まちづくりにも主体的にかかわっていく。KS会長(44)は「荒浜への愛着はあるが、子どもたちを同じ被害に遭わせることはできない。皆が生活を再建できるようにしたい」と話した。【平元英治】
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<集団移転>協議会を発足 宮城・荒浜地区の243世帯
毎日新聞 1月29日(日)19時35分配信
震災の大津波で大きな被害を受けた仙台市若林区の荒浜地区の243世帯が29日、内陸部への集団移転を目指す協議会を発足させた。遅くとも15年までの移転開始を目指す。被災地での集団移転の協議会としては最大規模とみられる。
荒浜地区(約750世帯)の家屋の大半が津波で流失・損壊し、市は昨年12月に同地区を含む沿岸部1213ヘクタールの約2000世帯に集団移転を促すことを決めた。29日の設立総会には約200人が出席し、「震災前のコミュニティー(共同体)の再生を図る」などの規約を了承した。奥山恵美子市長は「皆さんの決断に胸の詰まる思い」とメッセージを寄せた。協議会では、市内3カ所を軸に移転先を検討し、まちづくりにも主体的にかかわっていく。KS会長(44)は「荒浜への愛着はあるが、子どもたちを同じ被害に遭わせることはできない。皆が生活を再建できるようにしたい」と話した。【平元英治】
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<復興特区>「宮城県民間投資促進特区」が全国初の申請 [東日本大震災]
多くの企業の進出に期待したい・・・・・・・・・・・・・・・・・
<復興特区>「宮城県民間投資促進特区」が全国初の申請
毎日新聞 1月27日(金)20時12分配信
宮城県は27日、被災地に新規進出した企業の法人税を減免するなどの措置が受けられる「宮城県民間投資促進特区」の創設を県内34市町村と共同で国に申請した。県内389カ所で活用し、企業誘致を進める考え。復興特別区域(特区)法に基づく「復興特区」の申請は全国初で、今年度内に認定される見通し。
県によると、被災地の法人は(1)新規進出に対し法人税の5年間免除(2)雇用する被災者に対する給与支払額の10%を税額控除(3)機械や建物の新設、増設で取得価格の25~100%の特別償却または法人税8~15%控除--の三つから優遇策を選べる。対象地区は県内34市町村だが、(1)だけは津波被害を受けた15市町が対象となる。
地方税も新規進出や設備の増設で用地取得にかかる不動産取得税を免除し、固定資産税と事業税は5年間免除する。県や市町村の減収分は国の特別交付金で賄われる。政府の郡和子・宮城現地対策本部長は「スピード感を持って対応していきたい」と話した。【宇多川はるか】
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<復興特区>「宮城県民間投資促進特区」が全国初の申請
毎日新聞 1月27日(金)20時12分配信
宮城県は27日、被災地に新規進出した企業の法人税を減免するなどの措置が受けられる「宮城県民間投資促進特区」の創設を県内34市町村と共同で国に申請した。県内389カ所で活用し、企業誘致を進める考え。復興特別区域(特区)法に基づく「復興特区」の申請は全国初で、今年度内に認定される見通し。
県によると、被災地の法人は(1)新規進出に対し法人税の5年間免除(2)雇用する被災者に対する給与支払額の10%を税額控除(3)機械や建物の新設、増設で取得価格の25~100%の特別償却または法人税8~15%控除--の三つから優遇策を選べる。対象地区は県内34市町村だが、(1)だけは津波被害を受けた15市町が対象となる。
地方税も新規進出や設備の増設で用地取得にかかる不動産取得税を免除し、固定資産税と事業税は5年間免除する。県や市町村の減収分は国の特別交付金で賄われる。政府の郡和子・宮城現地対策本部長は「スピード感を持って対応していきたい」と話した。【宇多川はるか】
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日本テレビ系列、岩手に福祉車両26台贈呈 [東日本大震災]
<東日本大震災>藤沼ダム決壊…県の管理「問題なし」 [東日本大震災]
今後は検査点検を実施対策していなれば・・・・・・・・・・・・・・・・・
<東日本大震災>藤沼ダム決壊…県の管理「問題なし」
毎日新聞 1月25日(水)20時54分配信
東日本大震災で福島県須賀川市の藤沼ダムが決壊し、下流域の住民7人が死亡した問題で、県の検証委員会(委員長=田中忠次・東京大名誉教授)は25日、決壊の原因について「過去に経験したことのない強い揺れが長時間続いたため、土質が弱く、締め固めも緩かった堤防の上部から決壊した」と結論づけた。県によるダムの管理については「問題はなかった」と指摘した。
藤沼ダム(高さ18.5メートル、長さ133メートル)は1949年に完成。土を台形状に固めた「アースダム」で、3層構造になっている。
検証委員会は地震解析などの結果、堤防上部で(1)揺れの強さを示す加速度が最大442ガル(強い揺れ)(2)50ガル以上の揺れが100秒間継続(長い揺れ)--と推定。戦後の混乱期の施工で(3)砂分に富む材料を使用(4)締め固めが現行工法より小さい--ことから「強度低下を招いた」とした。この4条件が重なり決壊したという。
田中委員長は「安全基準を満たし、点検で異常が見られなくても安心できない」として、2月にも強度を確かめる検査方法などを提言する考え。【清水勝】
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<東日本大震災>藤沼ダム決壊…県の管理「問題なし」
毎日新聞 1月25日(水)20時54分配信
東日本大震災で福島県須賀川市の藤沼ダムが決壊し、下流域の住民7人が死亡した問題で、県の検証委員会(委員長=田中忠次・東京大名誉教授)は25日、決壊の原因について「過去に経験したことのない強い揺れが長時間続いたため、土質が弱く、締め固めも緩かった堤防の上部から決壊した」と結論づけた。県によるダムの管理については「問題はなかった」と指摘した。
藤沼ダム(高さ18.5メートル、長さ133メートル)は1949年に完成。土を台形状に固めた「アースダム」で、3層構造になっている。
検証委員会は地震解析などの結果、堤防上部で(1)揺れの強さを示す加速度が最大442ガル(強い揺れ)(2)50ガル以上の揺れが100秒間継続(長い揺れ)--と推定。戦後の混乱期の施工で(3)砂分に富む材料を使用(4)締め固めが現行工法より小さい--ことから「強度低下を招いた」とした。この4条件が重なり決壊したという。
田中委員長は「安全基準を満たし、点検で異常が見られなくても安心できない」として、2月にも強度を確かめる検査方法などを提言する考え。【清水勝】
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<津波犠牲>福島の5歳、身元判明 ママと安らかに [東日本大震災]
DNA鑑定で身元判明・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<津波犠牲>福島の5歳、身元判明 ママと安らかに毎日新聞 1月24日(火)21時1分配信
東日本大震災の大津波の犠牲となり、宮城県山元町の寺「明光(みょうこう)院」に遺骨が安置されていた男児の身元が判明し、24日、祖父母に引き取られた。宮城、福島両県で唯一身元が判明していなかった小学生未満とみられる遺骨だった。震災から320日目。遺骨はようやく自分の名前を取り戻し、同じく津波の犠牲になった母の隣に埋葬されることになり、寺の住職や住民らは「良かったね」と声をかけた。【竹田直人、高橋宗男】
宮城県警によると、遺体は昨年4月下旬に福島県相馬市沖の海上で発見され、宮城県内に運ばれた。遺体番号「906」。そう呼ばれてきたが、DNA鑑定の結果、24日に福島県双葉郡の当時5歳の男児と判明した。
遺骨が明光院に安置されたのは昨年6月から。住職や付近の住民らは「男の子が一人でいるのは可哀そう」と玩具や絵本などを供え、身元判明を待ちわびた。宮城県警には、行方不明のままの子供を捜す親や親族から「うちの子では」「孫ではないでしょうか」などと12件のDNA鑑定依頼が寄せられた。男児の身元が判明したのは12件目の最後の鑑定。母親の遺体の鑑定資料が決め手になった。
明光院には24日、福島県在住の男児の祖母が遺骨を引き取りに来た。副住職のRMさん(29)は「帰るべきところに帰れて本当に良かった。これからは本当の名前でご供養できる」と話す。男児の生前の写真を祖母からもらったといい、「まるで女の子のような可愛らしい子。無情を感じる」と声を詰まらせた。祖父母は「帰りを待ちわびていた孫の身元が確認され、私どもの許(もと)に戻って参りました。この場をお借りして御礼を申し上げます」とのコメントを出した。祖父母の意向で男児の名前は公表されていない。
同院ではもう一人、身元不明の女性の遺骨を預かっている。RMさんは「身元が分からない犠牲者はまだたくさんいるが、男の子のように家族のもとに帰ってほしい」と願う。
宮城県警によると、県内の行方不明者約1800人には、遺体が見つかったのに身元が分からない423人(24日現在)が含まれる。県警は全国の関係機関と連携し、DNA鑑定などを進めており、「一日も早く、最後の1体まで特定したい」(県警捜査1課)としている。
<津波犠牲>福島の5歳、身元判明 ママと安らかに毎日新聞 1月24日(火)21時1分配信
東日本大震災の大津波の犠牲となり、宮城県山元町の寺「明光(みょうこう)院」に遺骨が安置されていた男児の身元が判明し、24日、祖父母に引き取られた。宮城、福島両県で唯一身元が判明していなかった小学生未満とみられる遺骨だった。震災から320日目。遺骨はようやく自分の名前を取り戻し、同じく津波の犠牲になった母の隣に埋葬されることになり、寺の住職や住民らは「良かったね」と声をかけた。【竹田直人、高橋宗男】
宮城県警によると、遺体は昨年4月下旬に福島県相馬市沖の海上で発見され、宮城県内に運ばれた。遺体番号「906」。そう呼ばれてきたが、DNA鑑定の結果、24日に福島県双葉郡の当時5歳の男児と判明した。
遺骨が明光院に安置されたのは昨年6月から。住職や付近の住民らは「男の子が一人でいるのは可哀そう」と玩具や絵本などを供え、身元判明を待ちわびた。宮城県警には、行方不明のままの子供を捜す親や親族から「うちの子では」「孫ではないでしょうか」などと12件のDNA鑑定依頼が寄せられた。男児の身元が判明したのは12件目の最後の鑑定。母親の遺体の鑑定資料が決め手になった。
明光院には24日、福島県在住の男児の祖母が遺骨を引き取りに来た。副住職のRMさん(29)は「帰るべきところに帰れて本当に良かった。これからは本当の名前でご供養できる」と話す。男児の生前の写真を祖母からもらったといい、「まるで女の子のような可愛らしい子。無情を感じる」と声を詰まらせた。祖父母は「帰りを待ちわびていた孫の身元が確認され、私どもの許(もと)に戻って参りました。この場をお借りして御礼を申し上げます」とのコメントを出した。祖父母の意向で男児の名前は公表されていない。
同院ではもう一人、身元不明の女性の遺骨を預かっている。RMさんは「身元が分からない犠牲者はまだたくさんいるが、男の子のように家族のもとに帰ってほしい」と願う。
宮城県警によると、県内の行方不明者約1800人には、遺体が見つかったのに身元が分からない423人(24日現在)が含まれる。県警は全国の関係機関と連携し、DNA鑑定などを進めており、「一日も早く、最後の1体まで特定したい」(県警捜査1課)としている。
<東日本大震災>整体、ライブで元気を…「チーム恵比寿」 [東日本大震災]
ストレスによる筋肉痛を除くための整体とライブでの癒しを・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<東日本大震災>整体、ライブで元気を…「チーム恵比寿」
毎日新聞 1月23日(月)21時57分配信
東京・恵比寿駅周辺の整体師やネイリスト、プロミュージシャンが中心となってボランティアグループ「チーム恵比寿」を作り、被災地の人たちにマッサージやライブ演奏を届ける活動を続けている。加わってくれる仲間を募っている。
最初は、恵比寿駅近くで整体院を経営するMKさん(50)が1人で始めた。「10年後に振り返った時、『あの時何もしなかった』と後悔したくない」と考え、震災直後からボランティア団体の炊き出しなどに加わって何度も現地に入った。しかし、限られた時間では施術にも限界があった。
昨年6月、恵比寿駅周辺の同業者でチームを結成。「フェイスブック」で活動報告を始め、ネイリストや落語家、プロミュージシャンが次々に加わった。今では登録メンバーが約80人になった。
9月からは経費を分担して自前の車を用意。月1回深夜に出発し、翌日9時から19時まで、岩手県陸前高田市を中心に仮設住宅で活動を続けている。
被災者は、ストレスで自律神経のバランスを崩し、肩や背中、膝の痛みが出ている人が多い。MKさんは「継続して被災者の回復を助け、街の復興を見守りたい」と話す。
次回は2月12日に岩手県大船渡市に入り、1泊して13日は陸前高田市で活動するグループと、12日深夜に出発し、13日に陸前高田市で合流するグループの2便を出す予定。整体などの技能がない人も大歓迎。参加希望者はボランティアプラットフォーム(http://b.volunteer-platform.org/)から「チーム恵比寿」で検索して応募を。【稲田佳代】
ヤフー社会ニュースより全文掲載
<東日本大震災>整体、ライブで元気を…「チーム恵比寿」
毎日新聞 1月23日(月)21時57分配信
東京・恵比寿駅周辺の整体師やネイリスト、プロミュージシャンが中心となってボランティアグループ「チーム恵比寿」を作り、被災地の人たちにマッサージやライブ演奏を届ける活動を続けている。加わってくれる仲間を募っている。
最初は、恵比寿駅近くで整体院を経営するMKさん(50)が1人で始めた。「10年後に振り返った時、『あの時何もしなかった』と後悔したくない」と考え、震災直後からボランティア団体の炊き出しなどに加わって何度も現地に入った。しかし、限られた時間では施術にも限界があった。
昨年6月、恵比寿駅周辺の同業者でチームを結成。「フェイスブック」で活動報告を始め、ネイリストや落語家、プロミュージシャンが次々に加わった。今では登録メンバーが約80人になった。
9月からは経費を分担して自前の車を用意。月1回深夜に出発し、翌日9時から19時まで、岩手県陸前高田市を中心に仮設住宅で活動を続けている。
被災者は、ストレスで自律神経のバランスを崩し、肩や背中、膝の痛みが出ている人が多い。MKさんは「継続して被災者の回復を助け、街の復興を見守りたい」と話す。
次回は2月12日に岩手県大船渡市に入り、1泊して13日は陸前高田市で活動するグループと、12日深夜に出発し、13日に陸前高田市で合流するグループの2便を出す予定。整体などの技能がない人も大歓迎。参加希望者はボランティアプラットフォーム(http://b.volunteer-platform.org/)から「チーム恵比寿」で検索して応募を。【稲田佳代】
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<東日本大震災>仮設の水道管凍結、岩手県が月内に防止策 [東日本大震災]
寒冷地なのに凍結対策を忘れるとは・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<東日本大震災>仮設の水道管凍結、岩手県が月内に防止策
毎日新聞 1月23日(月)19時57分配信
被災地の仮設住宅で水道管の凍結が相次いでいるとして、岩手県は23日、県が整備した全仮設住宅約1万4000戸について、月内に凍結防止対策を完了させると発表した。
県建築住宅課によると、今月12日ごろから20日までに、元栓を閉めて水道管の水を抜く「水抜き」をしたにもかかわらず、水道管が凍結し、水道やトイレが使えなくなるという被害が7市町村で計246件あったという。
仮設住宅に設置した水道管のパイプの傾斜角度がゆるく管の途中に水がたまり、凍ってしまう施工の不具合が主な原因とみられる。
県は施工業者に修繕を指示するとともに、湿気による腐食を防ぐため吹きさらしになっていた仮設住宅の床下に樹脂製のシートをかぶせる対策を講じている。達増拓也知事は23日の定例記者会見で「不具合があれば業者がきちんと直さなければならない。また、全戸の床下を覆うことで凍結しないようにしたい」と話した。【金寿英】
ヤフー社会ニュースより全文掲載
<東日本大震災>仮設の水道管凍結、岩手県が月内に防止策
毎日新聞 1月23日(月)19時57分配信
被災地の仮設住宅で水道管の凍結が相次いでいるとして、岩手県は23日、県が整備した全仮設住宅約1万4000戸について、月内に凍結防止対策を完了させると発表した。
県建築住宅課によると、今月12日ごろから20日までに、元栓を閉めて水道管の水を抜く「水抜き」をしたにもかかわらず、水道管が凍結し、水道やトイレが使えなくなるという被害が7市町村で計246件あったという。
仮設住宅に設置した水道管のパイプの傾斜角度がゆるく管の途中に水がたまり、凍ってしまう施工の不具合が主な原因とみられる。
県は施工業者に修繕を指示するとともに、湿気による腐食を防ぐため吹きさらしになっていた仮設住宅の床下に樹脂製のシートをかぶせる対策を講じている。達増拓也知事は23日の定例記者会見で「不具合があれば業者がきちんと直さなければならない。また、全戸の床下を覆うことで凍結しないようにしたい」と話した。【金寿英】
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仮設住宅の空室、ボランティアや応援職員の宿泊施設に [東日本大震災]
宿泊施設ができボランティアに行きやすく・・・・・・・・・・・・・・・・・・
仮設住宅の空室、ボランティアや応援職員の宿泊施設に
産経新聞 1月23日(月)18時8分配信
厚生労働省は23日、東日本大震災で建設された応急仮設住宅の空室について、被災地で活動するボランティアや他自治体から派遣された応援職員の宿泊施設として活用を認めることを決めた。同日、岩手、宮城、福島など震災で仮設住宅を建設した7県に通知した。
被災地では、使い勝手の悪さなどから仮設住宅の空室が目立つ一方、ボランティアや応援職員の宿泊施設が不足しており、地元自治体から「宿泊施設として活用できるようにすべきだ」との要望が出ていた。
今回の通知は、こうした声を受けたもの。復旧・復興のための建設・土木関係者については「工事代金に宿泊費が含まれていると考える」(厚労省)として、宿泊施設としての仮設住宅の利用は認めない方針。
厚労省によると、仮設住宅の空室(20日現在)は岩手599戸▽宮城876戸▽福島2452戸▽その他の県6戸の計3933戸。
ヤフー社会ニュースより全文掲載
仮設住宅の空室、ボランティアや応援職員の宿泊施設に
産経新聞 1月23日(月)18時8分配信
厚生労働省は23日、東日本大震災で建設された応急仮設住宅の空室について、被災地で活動するボランティアや他自治体から派遣された応援職員の宿泊施設として活用を認めることを決めた。同日、岩手、宮城、福島など震災で仮設住宅を建設した7県に通知した。
被災地では、使い勝手の悪さなどから仮設住宅の空室が目立つ一方、ボランティアや応援職員の宿泊施設が不足しており、地元自治体から「宿泊施設として活用できるようにすべきだ」との要望が出ていた。
今回の通知は、こうした声を受けたもの。復旧・復興のための建設・土木関係者については「工事代金に宿泊費が含まれていると考える」(厚労省)として、宿泊施設としての仮設住宅の利用は認めない方針。
厚労省によると、仮設住宅の空室(20日現在)は岩手599戸▽宮城876戸▽福島2452戸▽その他の県6戸の計3933戸。
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<東日本大震災>生存教諭の手紙を公表…大川小の説明会 関連記事二件 [東日本大震災]
事前の取り決めがなく混乱の様子が・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<東日本大震災>生存教諭の手紙を公表…大川小の説明会
毎日新聞 1月22日(日)23時51分配信
東日本大震災の津波で児童74人、教職員10人が死亡・行方不明となっている宮城県石巻市立大川小学校の保護者に対し、石巻市教育委員会は22日、約7カ月半ぶりに説明会を開いた。同小のTK校長は「職務上の怠慢があったと言われても仕方がない。本当に申し訳ない」と謝罪した。大川小の被災を巡って市教委が明確な謝罪をしたのは初めて。教諭の中で唯一生き残った男性(休職中)が昨年6月、保護者とTK校長あてに書いた手紙の全文も初めて公表され、避難時のやりとりの一部が明らかになった。【竹田直人、石川忠雄】
◇「山に行きましょうと強く言っていれば」…教諭の手紙(要旨)
教諭の中で唯一生き残った男性が保護者とTK校長あてに書いた手紙(いずれも昨年6月3日付)は、説明会の前半に朗読された。石巻市教委は昨年6月の第2回説明会で、この手紙について「個人名が明記されている」などの理由で詳細部分は明らかにしていなかった。
この男性教諭は大川小の裏山に避難して津波を逃れたが、その後体調を崩して休職中。震災時は校外にいたTK校長あての手紙で「(現場にいて犠牲になった教頭に)最後に山に行きましょうと強く言っていればと思うと、悔やまれて胸が張り裂けそうです」などとつづっている。
各手紙の要旨は次の通り。
◇保護者の皆様
あの日、校庭に避難してから津波が来るまで、どんな話し合いがあったか、正直私にはよく分からないのです。その中で断片的に思い出せることをお話しします。
子供たちが校庭に避難した後、私は校舎内に戻り、全ての場所を確認しました。全部回るにはかなり時間がかかりました。
校庭に戻り「どうしますか。山へ逃げますか」と(教頭らに)聞くと、この揺れの中ではだめだというような答えが返ってきました。余震が続いていて木が倒れてくるというような理由だったと思います。
そのやりとりをしている時、近所の方々が避難所になっている体育館へ入ろうとされていたので、危険だから入らないようにお話ししました。
近くの施設に避難しようとの話があり、危険だからだめだとのやりとりも聞こえてきました。
私は2次避難に備え、はだしで逃げてきた子や薄着のため寒さで震えた子がたくさんいたので、教室にあったジャンパーや靴などを校庭に運んでいました。トイレを我慢できなくなった子を連れて行ったりもしていました。
サイレンが鳴り、津波が来るという声が聞こえてきました。教頭に「津波が来ますよ。どうしますか。危なくても逃げますか」と聞きました。でも答えは返ってきませんでした。一番高い校舎の2階に安全に入れるか見てくるということで、私が見てきました。戻ってくると、子供たちは移動を始めていました。近くにいた方に聞くと、「堤防の上が安全だからそこへ行くことになった」ということでした。経緯は分かりません。
何を言っても、子供の命を守ることができなかった罪が許されるはずはありません。今はただ、亡くなられた子供たちや先生方のご冥福をお祈りする毎日です。本当に申し訳ございません。
◇TK校長先生へ
当時の状況を送信させていただきました。本当に申し訳ございません。当時の状況を思い出して恐ろしく、思い出そうとすると全身の血の気が引いて倒れそうになります。今、文章を打っていても手が震えます。
あくまで想像ですが、あの極限状態の中で、本当に教頭先生も迷われたのだと思います。ずっと強い揺れが続いており、木が倒れている(錯覚だったのかもしれませんが、皆そのように見えていたと思います。私も子供と山の中にいたとき、何度も揺れるたびに周囲の木が折れて倒れる音を聞いています。そのたびに場所を変えたのですから)状況の中、道もない山に登らせるのをためらわれたのだと思います。せめて1本でも道があれば、教頭先生も迷わず指示を出されたと思います。それだけに、最後に山に行きましょうと強く言っていればと思うと、悔やまれて胸が張り裂けそうです。
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<東日本大震災>人災の面も…市教委、大川小の説明会で謝罪
毎日新聞 1月22日(日)21時21分配信
東日本大震災の津波で児童74人、教職員10人が死亡・行方不明となった宮城県石巻市立大川小学校の保護者に対し、石巻市教育委員会は22日、約7カ月半ぶりに説明会を開いた。同小のTK校長は「職務上の怠慢があったと言われても仕方がない。本当に申し訳ない」と謝罪した。大川小の被災を巡って市教委が明確な謝罪をしたのは初めて。NS教育長も「天災と人災の両方の面があったと思う」と述べ、保護者からは「防災対策の不備が惨事を招いた」などと怒りの声が上がった。
説明会は4月、6月に続き3回目で、大川小の間借り先である石巻市内の飯野川第一小学校で開かれた。
TK校長は同小が作成していた「危機管理マニュアル」を説明。津波被害が予想される地震などの災害時の避難先について「高台や空き地」などと記載していたが、具体的な場所や地名を示していなかったことを明らかにした。「教員らもどこへ逃げるべきか分からず、判断の遅れが出たのかもしれない」などと述べた。市教委は児童らからの聞き取り調査を基にまとめた報告書にも「避難場所を定めていなかったことにより、高台避難が迅速に判断できなかった」と記載した。
また大川小では▽年1回の地震を想定した避難訓練も、児童が校庭に避難した時点で終了していた▽緊急時に迎えに来た保護者らに児童を引き渡す訓練も計画されていたが、実施されたことはなかった--ことも明らかにされた。境教育長は「教育委員会として、学校が定めた防災計画や避難訓練の取り組みの効果的な実施を指導するなど、津波に対する危機意識を高めておくべきだった」と述べた。
会は午後2時から始まり、約3時間半に及んだ。4年と5年だった2人の子を失ったHTさん(52)は終了後、「言い訳だけで、無責任。子供たちの命を守るという教育現場の危機感のなさにがっかりした」と怒りの声を強くした。3年と4年の男児を亡くした父親(52)は「これでは学校の怠慢のために子どもたちが殺されたようなもの。まさしく人災だ」と憤った。【竹田直人、石川忠雄】
◇石巻市立大川小学校の被災経緯◇
石巻市教育委員会の調査などによると、東日本大震災が起きた昨年3月11日、大川小の児童や教員が避難を始めたのは、大地震発生から約40分後の午後3時25分ごろ。小学校から一番近い高台だった裏山は「地震による倒木の恐れがある」との意見が出たため、約200メートル西の新北上大橋たもとの交差点を目指したが、裏山沿いの道を歩いていた時に津波にのまれた。
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<東日本大震災>生存教諭の手紙を公表…大川小の説明会
毎日新聞 1月22日(日)23時51分配信
東日本大震災の津波で児童74人、教職員10人が死亡・行方不明となっている宮城県石巻市立大川小学校の保護者に対し、石巻市教育委員会は22日、約7カ月半ぶりに説明会を開いた。同小のTK校長は「職務上の怠慢があったと言われても仕方がない。本当に申し訳ない」と謝罪した。大川小の被災を巡って市教委が明確な謝罪をしたのは初めて。教諭の中で唯一生き残った男性(休職中)が昨年6月、保護者とTK校長あてに書いた手紙の全文も初めて公表され、避難時のやりとりの一部が明らかになった。【竹田直人、石川忠雄】
◇「山に行きましょうと強く言っていれば」…教諭の手紙(要旨)
教諭の中で唯一生き残った男性が保護者とTK校長あてに書いた手紙(いずれも昨年6月3日付)は、説明会の前半に朗読された。石巻市教委は昨年6月の第2回説明会で、この手紙について「個人名が明記されている」などの理由で詳細部分は明らかにしていなかった。
この男性教諭は大川小の裏山に避難して津波を逃れたが、その後体調を崩して休職中。震災時は校外にいたTK校長あての手紙で「(現場にいて犠牲になった教頭に)最後に山に行きましょうと強く言っていればと思うと、悔やまれて胸が張り裂けそうです」などとつづっている。
各手紙の要旨は次の通り。
◇保護者の皆様
あの日、校庭に避難してから津波が来るまで、どんな話し合いがあったか、正直私にはよく分からないのです。その中で断片的に思い出せることをお話しします。
子供たちが校庭に避難した後、私は校舎内に戻り、全ての場所を確認しました。全部回るにはかなり時間がかかりました。
校庭に戻り「どうしますか。山へ逃げますか」と(教頭らに)聞くと、この揺れの中ではだめだというような答えが返ってきました。余震が続いていて木が倒れてくるというような理由だったと思います。
そのやりとりをしている時、近所の方々が避難所になっている体育館へ入ろうとされていたので、危険だから入らないようにお話ししました。
近くの施設に避難しようとの話があり、危険だからだめだとのやりとりも聞こえてきました。
私は2次避難に備え、はだしで逃げてきた子や薄着のため寒さで震えた子がたくさんいたので、教室にあったジャンパーや靴などを校庭に運んでいました。トイレを我慢できなくなった子を連れて行ったりもしていました。
サイレンが鳴り、津波が来るという声が聞こえてきました。教頭に「津波が来ますよ。どうしますか。危なくても逃げますか」と聞きました。でも答えは返ってきませんでした。一番高い校舎の2階に安全に入れるか見てくるということで、私が見てきました。戻ってくると、子供たちは移動を始めていました。近くにいた方に聞くと、「堤防の上が安全だからそこへ行くことになった」ということでした。経緯は分かりません。
何を言っても、子供の命を守ることができなかった罪が許されるはずはありません。今はただ、亡くなられた子供たちや先生方のご冥福をお祈りする毎日です。本当に申し訳ございません。
◇TK校長先生へ
当時の状況を送信させていただきました。本当に申し訳ございません。当時の状況を思い出して恐ろしく、思い出そうとすると全身の血の気が引いて倒れそうになります。今、文章を打っていても手が震えます。
あくまで想像ですが、あの極限状態の中で、本当に教頭先生も迷われたのだと思います。ずっと強い揺れが続いており、木が倒れている(錯覚だったのかもしれませんが、皆そのように見えていたと思います。私も子供と山の中にいたとき、何度も揺れるたびに周囲の木が折れて倒れる音を聞いています。そのたびに場所を変えたのですから)状況の中、道もない山に登らせるのをためらわれたのだと思います。せめて1本でも道があれば、教頭先生も迷わず指示を出されたと思います。それだけに、最後に山に行きましょうと強く言っていればと思うと、悔やまれて胸が張り裂けそうです。
ヤフー社会ニュースより全文掲載
<東日本大震災>人災の面も…市教委、大川小の説明会で謝罪
毎日新聞 1月22日(日)21時21分配信
東日本大震災の津波で児童74人、教職員10人が死亡・行方不明となった宮城県石巻市立大川小学校の保護者に対し、石巻市教育委員会は22日、約7カ月半ぶりに説明会を開いた。同小のTK校長は「職務上の怠慢があったと言われても仕方がない。本当に申し訳ない」と謝罪した。大川小の被災を巡って市教委が明確な謝罪をしたのは初めて。NS教育長も「天災と人災の両方の面があったと思う」と述べ、保護者からは「防災対策の不備が惨事を招いた」などと怒りの声が上がった。
説明会は4月、6月に続き3回目で、大川小の間借り先である石巻市内の飯野川第一小学校で開かれた。
TK校長は同小が作成していた「危機管理マニュアル」を説明。津波被害が予想される地震などの災害時の避難先について「高台や空き地」などと記載していたが、具体的な場所や地名を示していなかったことを明らかにした。「教員らもどこへ逃げるべきか分からず、判断の遅れが出たのかもしれない」などと述べた。市教委は児童らからの聞き取り調査を基にまとめた報告書にも「避難場所を定めていなかったことにより、高台避難が迅速に判断できなかった」と記載した。
また大川小では▽年1回の地震を想定した避難訓練も、児童が校庭に避難した時点で終了していた▽緊急時に迎えに来た保護者らに児童を引き渡す訓練も計画されていたが、実施されたことはなかった--ことも明らかにされた。境教育長は「教育委員会として、学校が定めた防災計画や避難訓練の取り組みの効果的な実施を指導するなど、津波に対する危機意識を高めておくべきだった」と述べた。
会は午後2時から始まり、約3時間半に及んだ。4年と5年だった2人の子を失ったHTさん(52)は終了後、「言い訳だけで、無責任。子供たちの命を守るという教育現場の危機感のなさにがっかりした」と怒りの声を強くした。3年と4年の男児を亡くした父親(52)は「これでは学校の怠慢のために子どもたちが殺されたようなもの。まさしく人災だ」と憤った。【竹田直人、石川忠雄】
◇石巻市立大川小学校の被災経緯◇
石巻市教育委員会の調査などによると、東日本大震災が起きた昨年3月11日、大川小の児童や教員が避難を始めたのは、大地震発生から約40分後の午後3時25分ごろ。小学校から一番近い高台だった裏山は「地震による倒木の恐れがある」との意見が出たため、約200メートル西の新北上大橋たもとの交差点を目指したが、裏山沿いの道を歩いていた時に津波にのまれた。
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<東日本大震災>「ゆっくり滑り」本震前に2度 [東日本大震災]
確定的情報ではないが・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<東日本大震災>「ゆっくり滑り」本震前に2度
毎日新聞 1月20日(金)2時55分配信
東日本大震災を引き起こした3月11日の地震(マグニチュード=M=9.0)の発生前に、震源に向かって「ゆっくり滑り(スロースリップ)」と呼ばれる現象が広がっていたことを、東京大地震研究所のチームが突き止めた。ゆっくり滑りは、体に感じないほど弱いが微小な地震を引き起こし、これが積み重なって前震やM9.0の本震の引き金になった可能性があるという。成果は、20日付の米科学誌サイエンス(電子版)に発表された。
巨大地震が起きる前には、前震などの前兆があることが知られているが、その前にゆっくり滑りが確認されたのは初めて。
本震は、三陸沖の日本海溝で海側のプレート(岩板)が陸の下に沈み込み、蓄積したひずみが一気に解放されて起きた。東大地震研の加藤愛太郎助教(地震学)らは、2月中旬から本震までの間に震源近くで起きた地震を詳細に分析するため、気象庁のデータベースにある333個の地震に加えて、新たに1083個の微小な地震を確認。合計1416個の波形を細かく調べた。
その結果、地震の震源が南の方へ移動していく現象が2月中旬~下旬と、3月9日の前震(M7.3)後の2度にわたって確認された。2月中旬~下旬には、震源が移動する速さが1日平均2~5キロだったが、前震の直後から11日までの間には、同10キロと加速していた。
地震の特徴から、チームはゆっくり滑りが起きたと判断した。一連のゆっくり滑りを一つの地震と見なすと、M7.1の地震に相当するという。
すべての巨大地震の前にゆっくり滑りが起こるとは言えないため、地震の予知には直接はつながらないが、加藤助教は「ゆっくり滑りが起き、その先にひずみがたまっていれば地震が引き起こされる可能性があることが確認できた」としている。【久野華代】
◇ゆっくり滑り
プレート境界や地下の断層が地表に大きな揺れをもたらさないまま、ゆっくりずれ動く現象。「スロースリップ」「ぬるぬる地震」などとも呼ばれる。ずれた部分はひずみが減るが、周辺は逆にひずみがたまり、地震が起きやすくなると考えられている。数日間で起きる場合や数カ月から数年かかる例がある。房総半島沖や豊後水道周辺など各地で報告がある。01~05年に東海地震の想定震源域付近でも観測されたが、東海地震には至らず終息した。
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<東日本大震災>「ゆっくり滑り」本震前に2度
毎日新聞 1月20日(金)2時55分配信
東日本大震災を引き起こした3月11日の地震(マグニチュード=M=9.0)の発生前に、震源に向かって「ゆっくり滑り(スロースリップ)」と呼ばれる現象が広がっていたことを、東京大地震研究所のチームが突き止めた。ゆっくり滑りは、体に感じないほど弱いが微小な地震を引き起こし、これが積み重なって前震やM9.0の本震の引き金になった可能性があるという。成果は、20日付の米科学誌サイエンス(電子版)に発表された。
巨大地震が起きる前には、前震などの前兆があることが知られているが、その前にゆっくり滑りが確認されたのは初めて。
本震は、三陸沖の日本海溝で海側のプレート(岩板)が陸の下に沈み込み、蓄積したひずみが一気に解放されて起きた。東大地震研の加藤愛太郎助教(地震学)らは、2月中旬から本震までの間に震源近くで起きた地震を詳細に分析するため、気象庁のデータベースにある333個の地震に加えて、新たに1083個の微小な地震を確認。合計1416個の波形を細かく調べた。
その結果、地震の震源が南の方へ移動していく現象が2月中旬~下旬と、3月9日の前震(M7.3)後の2度にわたって確認された。2月中旬~下旬には、震源が移動する速さが1日平均2~5キロだったが、前震の直後から11日までの間には、同10キロと加速していた。
地震の特徴から、チームはゆっくり滑りが起きたと判断した。一連のゆっくり滑りを一つの地震と見なすと、M7.1の地震に相当するという。
すべての巨大地震の前にゆっくり滑りが起こるとは言えないため、地震の予知には直接はつながらないが、加藤助教は「ゆっくり滑りが起き、その先にひずみがたまっていれば地震が引き起こされる可能性があることが確認できた」としている。【久野華代】
◇ゆっくり滑り
プレート境界や地下の断層が地表に大きな揺れをもたらさないまま、ゆっくりずれ動く現象。「スロースリップ」「ぬるぬる地震」などとも呼ばれる。ずれた部分はひずみが減るが、周辺は逆にひずみがたまり、地震が起きやすくなると考えられている。数日間で起きる場合や数カ月から数年かかる例がある。房総半島沖や豊後水道周辺など各地で報告がある。01~05年に東海地震の想定震源域付近でも観測されたが、東海地震には至らず終息した。
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阪神大震災から17年 東日本大震災で「1・17」の意味が大きく変化 [東日本大震災]
被災地支援の輪が・・・・・・・・・・・・・・・・・
阪神大震災から17年 東日本大震災で「1・17」の意味が大きく変化
産経新聞 1月17日(火)12時26分配信 黙禱
6434人が犠牲になった阪神大震災は17日で、発生から17年を迎えた。発生時刻の午前5時46分にあわせ、兵庫県内の被災地各地で黙禱がささげられた。追悼行事には昨年3月11日に発生した東日本大震災の被災者も参加。東日本と阪神の被災者がともに犠牲者の鎮魂を祈った。早朝に追悼行事が行われた神戸市中央区の東遊園地ではこの日、東日本大震災が発生した午後2時46分も黙禱をささげる。
東日本大震災の発生で、震災の教訓を語り継ぐことに重点が置かれていた「1・17」の意味は大きく変わった。「東日本」では、「阪神」以後に国や阪神の被災地が培ってきた防災力や被災地を支援する力が、途上であることを見せつけた。大津波への備えは十分ではなく、被災地が広域になった際の支援の難しさも明らかになった。17年を迎えた1・17は、防災力のさらなる強化と、東日本の被災地支援を全力で行うことへの決意で一色となった。
東遊園地で行われた「阪神淡路大震災1・17のつどい」では、東日本の被災者らを含め、約5千人が冥福を祈った。未明から約1万個のろうそくを入れた竹灯籠(どうろう)が並べられ、「1・17」の文字が浮かび上がった。
式典では、長男を亡くした神戸市灘区の介護福祉士、AMさん(52)が遺族代表として「昨年の東日本大震災では胸が詰まりました。壊れた心の傷は一生ふさがらない。それでも頑張って生きることが長男への一番の供養になる」と語った。神戸市の矢田立郎市長は東日本の被災地に向けて「震災を経験した神戸だからこそできる支援を行っていきたい」と表明した。
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阪神大震災から17年 東日本大震災で「1・17」の意味が大きく変化
産経新聞 1月17日(火)12時26分配信 黙禱
6434人が犠牲になった阪神大震災は17日で、発生から17年を迎えた。発生時刻の午前5時46分にあわせ、兵庫県内の被災地各地で黙禱がささげられた。追悼行事には昨年3月11日に発生した東日本大震災の被災者も参加。東日本と阪神の被災者がともに犠牲者の鎮魂を祈った。早朝に追悼行事が行われた神戸市中央区の東遊園地ではこの日、東日本大震災が発生した午後2時46分も黙禱をささげる。
東日本大震災の発生で、震災の教訓を語り継ぐことに重点が置かれていた「1・17」の意味は大きく変わった。「東日本」では、「阪神」以後に国や阪神の被災地が培ってきた防災力や被災地を支援する力が、途上であることを見せつけた。大津波への備えは十分ではなく、被災地が広域になった際の支援の難しさも明らかになった。17年を迎えた1・17は、防災力のさらなる強化と、東日本の被災地支援を全力で行うことへの決意で一色となった。
東遊園地で行われた「阪神淡路大震災1・17のつどい」では、東日本の被災者らを含め、約5千人が冥福を祈った。未明から約1万個のろうそくを入れた竹灯籠(どうろう)が並べられ、「1・17」の文字が浮かび上がった。
式典では、長男を亡くした神戸市灘区の介護福祉士、AMさん(52)が遺族代表として「昨年の東日本大震災では胸が詰まりました。壊れた心の傷は一生ふさがらない。それでも頑張って生きることが長男への一番の供養になる」と語った。神戸市の矢田立郎市長は東日本の被災地に向けて「震災を経験した神戸だからこそできる支援を行っていきたい」と表明した。
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<東日本大震災>復興バブルに困惑 工事費上昇1.5倍 [東日本大震災]
何か救済方法がないのか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<東日本大震災>復興バブルに困惑 工事費上昇1.5倍
毎日新聞 1月16日(月)13時30分配信
東日本大震災の被災地で建設工事費が高騰し、復興の足かせになっている。建設バブルで人件費や資材費が上昇、複数の建設業界関係者が「工事費は震災前の水準の1.5倍になった」と話す。被災した中小企業が、工場再建を図ろうとして計画以上に膨らんだ自己負担に苦しむ一方で、公共工事は震災前と同水準の価格で推移しているため、建設業者が敬遠している。被災地では「これでは復興が進まない」と危惧する声が強まっている。
宮城県南三陸町で水産加工業を営む会社社長は津波で工場を失い、鉄骨2階建ての新工場建設を決めた。設計会社と相談し、建築費を2億9000万円と見込み、昨年6月、うち75%の補助を受けられる県の制度に申請して認められた。
ところが、同10月に建設業者3社に見積もりを頼んだところ、全社から4億円以上を提示された。業者からは「震災で人件費や資材価格が高騰している」と説明された。建材節約などで3億3000万円に圧縮したが、「高騰分」の4000万円は補助対象外で、自己負担となる。「ある程度の高騰は予想していたが、ここまでとは……。再建に二の足を踏む業者もあるはずだ」と社長は嘆く。補助が決まったのに建設費高騰などで「着工を延期したい」などと県に相談してくる被災企業もあるほどだ。
同県内の建設業者によると、建材やトラックのチャーター代、作業員の賃金など建設にかかわる「人」「もの」すべてが値上がりし、集めるのに苦労しているという。ある業者は「建設費を決め、工事をする数カ月の間にも価格高騰は進む。その分うちがかぶらざるを得ない。高騰が急すぎる」と話し、建設業者側も困惑している。
一方、宮城県の公共工事は昨年4~11月に入札した建設工事591件のうち137件が応募がないなどの理由で不成立だった。不成立の割合は23%で前年度(3%)から大幅に上昇し、工事費が民間発注より低水準に抑えられていることも背景にあるという。
小規模工事ほど応札がなく、県は複数工事を組み合わせて大規模にしたり、参加資格を広げたりして入札を繰り返している。4回目でも決まらなければ特例として随意契約に切り替えることも決めた。
このままだと被災地の復旧に支障をきたす恐れもあり、県契約課は「工事急増で建設会社も混乱している。多くの業者が入札に参入しやすくなるよう規制緩和を国にも求めていきたい」としている。【熊谷豪】
ヤフー社会ニュースより全文掲載
<東日本大震災>復興バブルに困惑 工事費上昇1.5倍
毎日新聞 1月16日(月)13時30分配信
東日本大震災の被災地で建設工事費が高騰し、復興の足かせになっている。建設バブルで人件費や資材費が上昇、複数の建設業界関係者が「工事費は震災前の水準の1.5倍になった」と話す。被災した中小企業が、工場再建を図ろうとして計画以上に膨らんだ自己負担に苦しむ一方で、公共工事は震災前と同水準の価格で推移しているため、建設業者が敬遠している。被災地では「これでは復興が進まない」と危惧する声が強まっている。
宮城県南三陸町で水産加工業を営む会社社長は津波で工場を失い、鉄骨2階建ての新工場建設を決めた。設計会社と相談し、建築費を2億9000万円と見込み、昨年6月、うち75%の補助を受けられる県の制度に申請して認められた。
ところが、同10月に建設業者3社に見積もりを頼んだところ、全社から4億円以上を提示された。業者からは「震災で人件費や資材価格が高騰している」と説明された。建材節約などで3億3000万円に圧縮したが、「高騰分」の4000万円は補助対象外で、自己負担となる。「ある程度の高騰は予想していたが、ここまでとは……。再建に二の足を踏む業者もあるはずだ」と社長は嘆く。補助が決まったのに建設費高騰などで「着工を延期したい」などと県に相談してくる被災企業もあるほどだ。
同県内の建設業者によると、建材やトラックのチャーター代、作業員の賃金など建設にかかわる「人」「もの」すべてが値上がりし、集めるのに苦労しているという。ある業者は「建設費を決め、工事をする数カ月の間にも価格高騰は進む。その分うちがかぶらざるを得ない。高騰が急すぎる」と話し、建設業者側も困惑している。
一方、宮城県の公共工事は昨年4~11月に入札した建設工事591件のうち137件が応募がないなどの理由で不成立だった。不成立の割合は23%で前年度(3%)から大幅に上昇し、工事費が民間発注より低水準に抑えられていることも背景にあるという。
小規模工事ほど応札がなく、県は複数工事を組み合わせて大規模にしたり、参加資格を広げたりして入札を繰り返している。4回目でも決まらなければ特例として随意契約に切り替えることも決めた。
このままだと被災地の復旧に支障をきたす恐れもあり、県契約課は「工事急増で建設会社も混乱している。多くの業者が入札に参入しやすくなるよう規制緩和を国にも求めていきたい」としている。【熊谷豪】
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<復興住宅>家賃を減額 「半壊」でも入居可能 [東日本大震災]
救済できる範囲が広がることは良いのでは・・・・・・・・・・・・・・・・
<復興住宅>家賃を減額 「半壊」でも入居可能
毎日新聞 1月15日(日)9時12分配信
東日本大震災の被災地で、自治体が建設する災害公営住宅(復興住宅)の入居要件や家賃が見直されることになった。現地の雇用状況が厳しいためで、国土交通省は制度を拡充するなどして、収入が極めて低い被災者向けに格安の家賃を設定できる措置を講じるほか、自宅が半壊でも、解体せざるを得ない場合は入居できるようにする。
復興住宅は建設費などを国が補助して県や市町村が整備する。家賃は場所や広さで異なるが、現行制度では、例えば家賃相場月5万円の部屋の場合、月収約16万円の被災者は月3万円で入居できる。収入に応じて家賃は段階的に下がり、月収10万円以下の人は一律約2万円。
だが、今回は被災地域が広範で経済活動の復興が容易でないため、安定収入の見通しが立たない被災者も多い。そこで国交省は、自治体が希望すれば、月収8万円以下の被災者には2万円よりさらに安い家賃を設定できるようにした。減額分は半額を国が、残りは自治体が負担する。無収入の人は月6000円程度で入居可能になるという。
また、入居対象者は本来、自宅が全壊や全焼、全流失した人に限られているが、半壊でも津波による浸水で通常の修理では住めないような場合は入居できることにした。入居後に買い取りを希望する被災者のために、買い取り可能になるまでの期間も短縮する。
復興住宅は宮城県が沿岸15市町に計1万2000戸、岩手県も4000~5000戸を供給する計画。原発事故による避難で住民が離散している福島県は戸数のめどが立たないが、相馬市が169戸の建設を予定している。阪神大震災では発生2カ月後に建設が始まったが、今回は被災を免れた高台のほとんどを仮設住宅の建設に使ったため用地確保が難航し、着工に至っていない。【樋岡徹也】
ヤフー社会ニュースより全文掲載
<復興住宅>家賃を減額 「半壊」でも入居可能
毎日新聞 1月15日(日)9時12分配信
東日本大震災の被災地で、自治体が建設する災害公営住宅(復興住宅)の入居要件や家賃が見直されることになった。現地の雇用状況が厳しいためで、国土交通省は制度を拡充するなどして、収入が極めて低い被災者向けに格安の家賃を設定できる措置を講じるほか、自宅が半壊でも、解体せざるを得ない場合は入居できるようにする。
復興住宅は建設費などを国が補助して県や市町村が整備する。家賃は場所や広さで異なるが、現行制度では、例えば家賃相場月5万円の部屋の場合、月収約16万円の被災者は月3万円で入居できる。収入に応じて家賃は段階的に下がり、月収10万円以下の人は一律約2万円。
だが、今回は被災地域が広範で経済活動の復興が容易でないため、安定収入の見通しが立たない被災者も多い。そこで国交省は、自治体が希望すれば、月収8万円以下の被災者には2万円よりさらに安い家賃を設定できるようにした。減額分は半額を国が、残りは自治体が負担する。無収入の人は月6000円程度で入居可能になるという。
また、入居対象者は本来、自宅が全壊や全焼、全流失した人に限られているが、半壊でも津波による浸水で通常の修理では住めないような場合は入居できることにした。入居後に買い取りを希望する被災者のために、買い取り可能になるまでの期間も短縮する。
復興住宅は宮城県が沿岸15市町に計1万2000戸、岩手県も4000~5000戸を供給する計画。原発事故による避難で住民が離散している福島県は戸数のめどが立たないが、相馬市が169戸の建設を予定している。阪神大震災では発生2カ月後に建設が始まったが、今回は被災を免れた高台のほとんどを仮設住宅の建設に使ったため用地確保が難航し、着工に至っていない。【樋岡徹也】
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<東日本大震災>大槌町漁協破綻…負債10億円は以前から [東日本大震災]
震災後、漁協初の破綻処理では・・・・・・・・・・・・・・・・
<東日本大震災>大槌町漁協破綻…負債10億円は以前から毎日新聞 1月14日(土)11時16分配信
東日本大震災で甚大な被害を受けた岩手県大槌町の大槌町漁協(SK組合長)は、13日開いた理事会で組合の存続を断念する方針を決めた。組合は約10億円の債務超過に陥り事実上経営破綻した状態で、今後は新組合を設立し、事業や従業員を移管したい考え。
漁協関係者によると、同漁協は震災前から10億円以上の負債を抱えていた。震災で事務所が被災したが、多額の負債があることを理由に、震災で国や県が打ち出している補助金などの支援策は受けられない見通しだったという。
同漁協は1971年に町内の3漁協が合併し発足。資本金は約2億4000万円で、従業員は30人。漁協ホームページによると、主要漁業は定置網漁やワカメ、ホタテの養殖。定置網漁は震災前から漁獲量の減少や魚価の低迷で振るわず、漁協の経営に影響していたという。【神足俊輔】
ヤフー社会ニュースより全文掲載
<東日本大震災>大槌町漁協破綻…負債10億円は以前から毎日新聞 1月14日(土)11時16分配信
東日本大震災で甚大な被害を受けた岩手県大槌町の大槌町漁協(SK組合長)は、13日開いた理事会で組合の存続を断念する方針を決めた。組合は約10億円の債務超過に陥り事実上経営破綻した状態で、今後は新組合を設立し、事業や従業員を移管したい考え。
漁協関係者によると、同漁協は震災前から10億円以上の負債を抱えていた。震災で事務所が被災したが、多額の負債があることを理由に、震災で国や県が打ち出している補助金などの支援策は受けられない見通しだったという。
同漁協は1971年に町内の3漁協が合併し発足。資本金は約2億4000万円で、従業員は30人。漁協ホームページによると、主要漁業は定置網漁やワカメ、ホタテの養殖。定置網漁は震災前から漁獲量の減少や魚価の低迷で振るわず、漁協の経営に影響していたという。【神足俊輔】
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<生活保護>震災を理由に受給、1000世帯超す…11月 [東日本大震災]
厳しい状態が続きもっと増えるのでは・・・・・・・・・・・・・・・・
<生活保護>震災を理由に受給、1000世帯超す…11月
毎日新聞 1月11日(水)22時13分配信
厚生労働省は11日、東日本大震災を理由に生活保護の受給を始めた世帯は11月までに全国で1016世帯に上ったと発表した。月別では4月(323世帯)が最多で、10月(34世帯)まで減少を続けていたが、11月は42世帯となり、増加に転じた。
11月までの受給開始世帯の被災地別の内訳は福島県505世帯、宮城県322世帯、茨城県101世帯、岩手県69世帯など。被災地での失業手当は今月中旬から切れる人が出始めるほか、義援金などが底をつくと受給世帯はさらに増える可能性がある。【石川隆宣】
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<生活保護>震災を理由に受給、1000世帯超す…11月
毎日新聞 1月11日(水)22時13分配信
厚生労働省は11日、東日本大震災を理由に生活保護の受給を始めた世帯は11月までに全国で1016世帯に上ったと発表した。月別では4月(323世帯)が最多で、10月(34世帯)まで減少を続けていたが、11月は42世帯となり、増加に転じた。
11月までの受給開始世帯の被災地別の内訳は福島県505世帯、宮城県322世帯、茨城県101世帯、岩手県69世帯など。被災地での失業手当は今月中旬から切れる人が出始めるほか、義援金などが底をつくと受給世帯はさらに増える可能性がある。【石川隆宣】
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<東日本大震災>被災地失業手当切れ、4000人に [東日本大震災]
災害復興工事等で人手不足が発生しているのに・・・・・・・・・・・・・・・・・
<東日本大震災>被災地失業手当切れ、4000人に
毎日新聞 1月10日(火)2時31分配信
東日本大震災で被害の大きかった岩手、宮城、福島3県で、震災により失職し、雇用保険の失業手当が切れる受給者が今月と来月の2カ月間で4000人規模に上ることが、厚生労働省の集計で分かった。早ければ今月中旬から切れる人が出始める。11日で大震災から10カ月。復興の遅れから再就職先も限られる被災地で、今後の暮らしへの不安が広がっている。
厚労省によると、3県で失業手当を受け取る人の合計は昨年11月末現在、6万4232人(定年や自己都合による退職も含む)。前年同期比1.97倍で、増加分の3万人以上は震災離職者とみられ、手当が被災地の暮らしを支えている。
失業手当の給付期間は90~330日で、額は失職時の賃金の5~8割。給付期間は年齢や勤めた年数により異なるが、震災離職者には120日間の延長措置がとられた。最短の場合、昨年10月から切れる人が出始める見通しだったが、政府は広域で被災した3県では90日間再延長していた。
同省雇用保険課によると、3県で再延長を申請した震災離職者は10月が1307人、11月が2749人。この計4056人の多くは希望する仕事が見つけられないまま、2月末までに手当が切れる見通し。3月以降も相当数の給付切れが出る見込みだ。
被災地の復興費9兆円強を盛り込んだ国の第3次補正予算が昨年11月に成立し、同省は震災復興が本格軌道に乗るとみており、震災離職者を雇い入れた企業への助成など雇用創出に力を入れている。だが、被災地では復興の歩みは遅く、非正規雇用の建設関連の求人が目立ち、雇用形態や仕事内容のミスマッチは容易に解消しそうにはない。このため、失業手当の喪失を機に地元を去る震災離職者が増え、復興の足を引っ張る悪循環も懸念されている。【井上英介】
ヤフー社会ニュースより全文掲載
<東日本大震災>被災地失業手当切れ、4000人に
毎日新聞 1月10日(火)2時31分配信
東日本大震災で被害の大きかった岩手、宮城、福島3県で、震災により失職し、雇用保険の失業手当が切れる受給者が今月と来月の2カ月間で4000人規模に上ることが、厚生労働省の集計で分かった。早ければ今月中旬から切れる人が出始める。11日で大震災から10カ月。復興の遅れから再就職先も限られる被災地で、今後の暮らしへの不安が広がっている。
厚労省によると、3県で失業手当を受け取る人の合計は昨年11月末現在、6万4232人(定年や自己都合による退職も含む)。前年同期比1.97倍で、増加分の3万人以上は震災離職者とみられ、手当が被災地の暮らしを支えている。
失業手当の給付期間は90~330日で、額は失職時の賃金の5~8割。給付期間は年齢や勤めた年数により異なるが、震災離職者には120日間の延長措置がとられた。最短の場合、昨年10月から切れる人が出始める見通しだったが、政府は広域で被災した3県では90日間再延長していた。
同省雇用保険課によると、3県で再延長を申請した震災離職者は10月が1307人、11月が2749人。この計4056人の多くは希望する仕事が見つけられないまま、2月末までに手当が切れる見通し。3月以降も相当数の給付切れが出る見込みだ。
被災地の復興費9兆円強を盛り込んだ国の第3次補正予算が昨年11月に成立し、同省は震災復興が本格軌道に乗るとみており、震災離職者を雇い入れた企業への助成など雇用創出に力を入れている。だが、被災地では復興の歩みは遅く、非正規雇用の建設関連の求人が目立ち、雇用形態や仕事内容のミスマッチは容易に解消しそうにはない。このため、失業手当の喪失を機に地元を去る震災離職者が増え、復興の足を引っ張る悪循環も懸念されている。【井上英介】
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再起遂げた杯 福島の老舗「鈴木酒造」、残った酵母使い山形で新酒 [東日本大震災]
復興の励みになるのでは・・・・・・・・・・・・・・・・・
再起遂げた杯 福島の老舗「鈴木酒造」、残った酵母使い山形で新酒
産経新聞 1月9日(月)12時23分配信
東日本大震災の津波で酒蔵も自宅も全て流されてしまった福島県浪江町の老舗酒蔵「鈴木酒造」が避難先の山形県長井市で再起、漁師の豊漁時のふるまい酒だった「磐城壽(いわきことぶき)」の新酒の出荷を開始した。杜氏(とうじ)のDSさん(38)は「再開を心待ちにしている人たちがいる。みんなの支えが後押しした」と話す。(杉浦美香)
震災で自宅が全壊し、何も持ち出せないまま家族ら13人で家を離れた。高さ10メートルを超える津波は跡形もなく奪った。自宅や蔵は福島第1原発から約7キロしか離れておらず、警戒区域となった。
山形県米沢市に避難したが、再起をいったんはあきらめたという。しかし、約3週間後、1本の電話がかかった。福島県の検査機関に預けていた酵母が残っていたというのだ。江戸末期から続いてきた酒蔵の歴史が残ったことを意味する。
福島県南会津町の知り合いの酒蔵の一部を借り、7月の福島の伝統行事「相馬野馬追」に合わせ2千本だけ製造。避難者が多くいる地域の酒店で販売したところ、数日で売り切れた。
福島で酒造りの施設を探し続けたが、めどはたたない。そんな時、後継者がなく閉める予定だった酒蔵が長井市にあることが分かった。交渉の末、昨年11月に購入にこぎつけた。
「夏に出荷した酒を津波で亡くなった両親の初盆にお供えしてくれた人もいた。場所は違っても再起することに意味があることが分かった。いろんな人の思いが酒を造らせてくれた」とDSさんは語る。
今度は生き残った酵母で福島の米を使った新しい酒造りにも取り組むという。
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再起遂げた杯 福島の老舗「鈴木酒造」、残った酵母使い山形で新酒
産経新聞 1月9日(月)12時23分配信
東日本大震災の津波で酒蔵も自宅も全て流されてしまった福島県浪江町の老舗酒蔵「鈴木酒造」が避難先の山形県長井市で再起、漁師の豊漁時のふるまい酒だった「磐城壽(いわきことぶき)」の新酒の出荷を開始した。杜氏(とうじ)のDSさん(38)は「再開を心待ちにしている人たちがいる。みんなの支えが後押しした」と話す。(杉浦美香)
震災で自宅が全壊し、何も持ち出せないまま家族ら13人で家を離れた。高さ10メートルを超える津波は跡形もなく奪った。自宅や蔵は福島第1原発から約7キロしか離れておらず、警戒区域となった。
山形県米沢市に避難したが、再起をいったんはあきらめたという。しかし、約3週間後、1本の電話がかかった。福島県の検査機関に預けていた酵母が残っていたというのだ。江戸末期から続いてきた酒蔵の歴史が残ったことを意味する。
福島県南会津町の知り合いの酒蔵の一部を借り、7月の福島の伝統行事「相馬野馬追」に合わせ2千本だけ製造。避難者が多くいる地域の酒店で販売したところ、数日で売り切れた。
福島で酒造りの施設を探し続けたが、めどはたたない。そんな時、後継者がなく閉める予定だった酒蔵が長井市にあることが分かった。交渉の末、昨年11月に購入にこぎつけた。
「夏に出荷した酒を津波で亡くなった両親の初盆にお供えしてくれた人もいた。場所は違っても再起することに意味があることが分かった。いろんな人の思いが酒を造らせてくれた」とDSさんは語る。
今度は生き残った酵母で福島の米を使った新しい酒造りにも取り組むという。
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